●夏は好き?
「夏は好きですよ」
●…………。
「ん?」
●ちょっと意外。だって「夏って楽しいー!」ってはしゃいでる姿見たことないもん。
「夏は好きだよー。凄い好き。結構はっきりしてる季節が好きでね。春とか秋より、夏とか冬が好きなんですよ。なんか、遊び方が極端になるじゃないっすか。子供の頃の記憶だけど、海に行ったりカブトムシ採ったり、とんぼ捕まえたり。日が長くなったりね。冬は冬で雪が降ったら雪合戦できたり、俺は秋田生まれだからかまくら作ったりっていう冬ならではの遊びができたし。だから極端な季節が好きなの」
●秋田の夏はどういう感じなの?
「秋田の夏は全然暑いよ、全然普通に暑い。幼稚園や小学校の頃は毎年、母方のおじいちゃん――もう亡くなってしまってるんですけど――と一緒に山登りをしてね。一緒にスケッチとかしたりして……そういう記憶は全部、夏。こう見えて俺、港町で生まれたんだよね。ふふふ」
●え、本当!?(笑)。
「生まれたのは秋田市内なんだけど、父の実家が土崎港っていう港にあってね。子供の頃の、ランニングと半ズボンで港で写ってる写真とか結構あるんだよね。意外でしょ?」
●すっごく意外。
「海見て育ったのさ、俺は(笑)」
●ははははは。
「夏のイメージは本当に秋田が強いね。でかい祭があるんすよ、『竿燈まつり』っていう。1本の竹の棒があって、それがひょーっと空に向かって伸びてて、それにまた何本もの竹の棒を横にバッバッバッバッて這わせて行って、そこに提灯を何個もぶら下げて。で、それを手のひらだとか腰の上だとか頭の上だとかに乗せてバランス取りながら歩いて行くっていう祭なの」
●祭も好きなんだ?
「祭は好きだな、うん。好き好き」
●人ごみ嫌いそうなのに。
「でも祭は好き(笑)。人ごみ嫌いだって言っても、人ごみ歩いたら誰でも不快な思いするじゃないっすか。誰かとぶつかったら嫌だなっていうところで本能的に気は遣うだろうし、もっと速く進みたいのにのんびり過ぎて困ったなとかあるだろうけど、俺のもそういう類いで。結局のところ、一人がいいとか空いてる道が好きとか人ごみじゃない場所が好きとかっていうのは、人ごみを知ってるから言えるわけで。それはもの凄く人ごみを意識した発言なんで。だからこの際、『人ごみを好き』と言ったほうが潔いんじゃねえかとちょっと思った(笑)」
●(笑)出た、藤原の「価値観世界一周旅行」。
「でも望んでは行かないよ? ただ祭となると気持ちは変わって。麻布十番の祭とか、もの凄いじゃない。でもあえて行ったりするんだよね(笑)」
●ははははははは。
「それもなんかね、子供の頃から『夏は人ごみの中を歩くもんだ』っていうのがあって。というのは、バンプ・オブ・チキンが育った町=千葉県佐倉市には――今年からやらなくて、それが残念なんだけど――去年までずっと印旛沼花火大会っていう国際的な、規模も本当にでかい花火大会があったの。今までいろんなところの花火大会も観たりしたけど、地元ひいきじゃないけど『やっぱ本当に凄かったんだな、ウチらのは』って毎回思った。そん時だけは、千葉の小さな佐倉市っていう町に原宿の竹下通りの100倍くらい人が溢れるんだよね。だから『夏はそういうもんだ』っていう免疫があるんだよね」
●その花火大会は、バンドで行ったりもした?
「行った、行った。バンド組む前も、それから4人が仲よくなる前もみんながみんな個人的に行ってたし。で、バンド組んでからは毎年一緒に行ってましたよ。ロック・イン・ジャパン・フェスの次の日が花火大会だった時もあって、その時は友好の証にもらったドラゴンアッシュのTシャツを着て観に行った」
●はははははは。
「全員ドラゴンアッシュのTシャツ着てるの(笑)」
●藤原って、バンドの中にいるとプライヴェートで凄くはしゃぐよね。
「うーん、そうかな……そうかもしんないね(笑)」
●そういう意味でも、バンプ・オブ・チキンって藤原にとって凄く大切ですよね。
「でも、わりとはしゃぐよ、バンド以外でも。この間、俺、間違えて一気しちゃったもん」
●ええっ!?だってお前―――。
「ちょっとね、ラジオ聴いてる人にも知っておいて欲しいんですけど――知っておいて欲しいとかいうほどの情報じゃないんですけど(笑)、俺、まったく酒飲めないんですよ、まったく。だけども、この間東京に住んでる岡山出身の友人が、ちょっと事情があって岡山に帰らなきゃいけなくなってお別れ会があったの。で、みんながみんなもう飲んべえになってて、俺も勢いで飲まされて1杯飲んでたんだよね。1杯でも十分なんだよ、本当に俺は。生きるか死ぬかっていうところで、ギリギリのところでやってるわけだけど」
●わかる(笑)。
「で、最後の最後でそろそろ締めようかってことになって、送り出される人が『僕の最後のわがまま聞いてください!』的な感じで一人一人指命して一気させるっていうことを始めて。俺、指命されちゃって。まぁ下戸を狙ってくっていうのがあったらしいんだけど」
●はははははは。
「全然やっちゃったんだよね。みんな飲めないの知ってるから、一応シラフの人が『ビールで大丈夫?』とか気を遣ってくれて、『大丈夫っす』って受け取って。まぁこれで死んだらそこまでだなと思って(笑)、『これはたぶん俺にとっては致死量だけど、俺にやることがまだあるんだったら死なねえだろうな』と思って(笑)」
●そんなところで運命かけるなよぉー(笑)。
「で、ダバダバ行ったの、ゴクゴク行ったの。そしたら、あんまりゴクゴク行けないもんなんだね、ビールって」
●炭酸だからね。
「ね。どんどん入って行くかと思ったら全然入らなくて。3分の2は胃の中に入ったんです、残りの3分の1は逆流した。ビール以外の余計な汁も道連れにして逆流した」
●汚いなぁ(笑)。
「ふはははは」
●大丈夫だったの?
「いや、あのー……何だろう、飲んですぐヤバいってことはないじゃん? 服はダーってなってたんだけど『まぁいいや』って感じで、イエーイみたいに拍手して座ってたんだけど。『さあ帰るか』って立った時に、『ああ、膝が笑うってこういうことか』っていうね(笑)。『千鳥足ってこういうことか』って、それを体験しました。意識もちゃんとしてたし、『ああ、俺、今気ぃ大きくなってるな』っていう自覚もあった」
●じゃあさぁ、飲もうよ、これからは。今呑もう。
「ははははは。いや、でも、あれは夏だったから行けたんだよ」
●はははははは。
「夏の仕業だね、夏の仕業。サマー・マジックだって、本当に」
●でも千鳥足になってカッカッカッカッしてくるのが好きで飲んでる人もいるんだよ。
「でもさ、こめかみの辺りとか耳たぶの辺りとか、内耳の辺り? あとは頸動脈の辺りとか、ドクドクするじゃないか、あれ」
●する、する。
「嫌だよぉ、あの感じは。気持ちいいもんじゃないよ、俺にとっては。こういう言い方するとそれを目的でお酒飲んでる人に悪いんだけど、でも個人的な意見として聞いて欲しいんだけどね。何かの力を借りて無理くりにテンション上げてる感が、あんまり嬉しくないんじゃないかな」
●なるほどね。
「だって俺、別に酔っ払ってる人とでも全然5分のテンションで喋れるんだもん。そいつが困っちゃうくらい話ややこしくなっても付き合えるし楽しいと思えるし。気持ちよく酔ってる人見るの好きだし――ウチの増川とか」
●はははははは。あいつは酔っぱらう天才だからね。
「増川、酔っ払うとただの増川になるから。本当に何もなくなるからね、あいつ。空気と同じ存在になるからさぁ」
●酔っ払った増川は人を幸せにさせるよねぇ(笑)。
「ね。だから俺には必要ないっちゃないんだよ。でも、やっぱお酒を飲める人同士で喋れることってあると思うから、ちょっと寂しいなって思う時はあるんだよね」
●相手も酔ってるから言えちゃうことってあるからね。
「うん。だから、これ本当にお酒入ってるのか?ってくらい薄く作った酒をチビチビやりながらっていうので認めてくれるんであれば、ぜひ今度飲もうよ(と言う言葉の舌が乾かないうちに、この収録直後に開かれた升の誕生パーティーで、藤原は韓国酒『まっこり』の見事ないっきをキメたのでした)」
●というかさ、藤原って酔っ払いながらずっと悩み相談する人とか、気持ちが落ち込んでるからずっと喋っていたいんだよっていう人に、とことん付き合うよね。
「そうねぇ、付き合うねぇ(笑)。逆に言うと、俺は音楽っていうアウトプットがあるじゃないですか。お酒も音楽もある種の興奮剤だとしたら、俺の興奮剤は音楽なんだなっていう。で、お酒が興奮剤になる人もいるんだなって。…………もっと柔らかく言おうか、こういう言い方するとサイケデリックだもんね(笑)。……お酒でやっと表現できる人もいると思うんだよね、俺は音楽で表現できるし。俺は音楽やってない時は口べただし、その人もお酒飲んでない時は口べたなのかもしんない。そう思うと、いっぱい飲めばいいと思うし、潰れない程度にね。それでやっと話せることがあるっていうんだったら、願ってもないチャンスじゃん。だから聞きたいし、その人に聞いて欲しい相手として選ばれたのは光栄な話だからね。そういうふうに話をしたいよね、やっぱね」
●今年の夏はいっぱい歌ってるよね。
「うん、歌ってる。今年の夏はねぇ……今日で夏を取り返した感がある」
●なんで?
「あんまりフェスで夏を感じられることが、僕はないんですよ。単純に暑いとか、たとえば広島の時は楽屋に蝉がいたりして、それが今年初の蝉を見た瞬間だったんだけど。そういう夏っぽい出来事はあるんだけど、やっぱり……フェスって楽しいでしょ?」
●はい。
「でも僕はあんまり楽しいと思ったことはないんですよ。……出る側だから。やっぱり、フェスって祭典って意味だけど、だろうが何だろうが結局ライヴの前になれば気持ちはいろいろありますよ。そうなって行くと単純に……たとえば友達が会いに来てくれたりして『今日楽しいよー! この後誰それ観て、その後あっちのステージ行って……』って凄く楽しそうに喋ってても、そういう過ごし方はできないし。そういう気持ちに持ってくには、やっぱり自分のライヴが終わらなきゃダメだから。で、俺らのライヴって結構後のほうだから。だからライヴを楽しむことはできてるんだけど、フェスで夏を感じるってことはやっぱ難しい」
●意地悪な言い方で申し訳ないんだけど、お祭って神輿を担いでる人間も担がれてる人間も、盆踊りの櫓の上で太鼓を叩いてる人間も踊ってる人間も、みんな凄く楽しんでるんだよね。で、ロック・フェスも、出演しているアーティストはその日1日を楽しもうと思って、あらゆる時間を凄く開放的に過ごしてるんだけど(笑)。
「うん、そうあるべきだよね」
●でも、この番組のディレクターがロック・イン・ジャパン・フェスに行った時に、「みんな遊んでて楽しそうだなー」って思ってふっとバンプの楽屋を見たら、藤原一人で楽屋の中にいて。
「(笑)」
●ずっとそこから出て来なくて。あろうことかその中でずっと……。
「あやとりね」
●そう、あやとりをやってたっていう話を聞いたんだけど。
「それは紛れもない事実なんですけど。ふふふ。まずね、楽屋の位置が風水的によくなかったと思う」
●はははははははははは。
「俺らの楽屋だけが、前にでけぇ松の木みたいなのが生えてて、見えねえんだ。いっちばん奥の角で吹きだまりみてぇなところで。『ああ、お似合いだなと思って』(笑)。他の奴(メンバー)は結構アクティヴに動いてたと思うんだけど。……でもね、たまたま森田さん(番組ディレクター)が来てくれた時は俺しかいなかったけど、結局、みんな結構楽屋の中にいたよ。危険な思いはしないようにってことで」
●危険な思いはね(笑)。
「危険な目に遭わないためにもね」
●最近あやとりに凝ってるの?
「あやとりは、これは偶然ヒモを拾うことができまして。最初は全然できなかったんすけど、その時に一緒にいたスタッフの女性の方が子供の頃にやったやり方を覚えてて。それでちょっと教わって、それでも全然ペーペーだったんだけど、その後一生懸命いろいろやってたら、スタッフの人が見かねてインターネットであやとりのやり方調べてくれて。それで一人あやとりっていうのが一通りできるようになって、『これは面白い!』と」
●はははははは。
「いや、面白いんだ、本当に。で、最終的には自分で本を買っちゃったんだよね。だって凄いんだよ? あやとりが上手にできる俺っていうのは別に凄くないんだよ、あんなの練習すれば誰でもできるの。ただ、『こうやってこうやって、こういうふうにしてこういうふうにすると、これができる!』って考えたそいつが凄いと思うの。どんな頭してたんだろうな?っていう」
●でもその業ととことん付き合おうとしてる藤原も凄いけどね。
「そうかな(笑)。『裏返したからこのヒモがこうなって結び目がこっちに来て、ここの交差点がこっちに来て、だからこういう形になったのか!』って納得するのが楽しいんだよね。あやとりは数学です、面白いです、本当に」
●前はハーモニカが(自分の中で)流行ってたじゃん。
「今でも持ってますよ」
●で、剣玉も流行ってたじゃん。
「剣玉は最近やってないなー」
●で、あやとりじゃん。
「うん」
●どんどんシンプルになって行ってるよね(笑)。
「そうね(笑)。あのね、自分の中で生き残る文化は、自分の邪魔にならない――行動および思考の邪魔にならないもの。それが生き残って行く。剣玉とかかさばるっしょ。ケツポケットに入れるにはちょっとでかいっすよ。ハーモニカはスポッと入るしね。あやとりはヒモこうやっておけば、どこでもできんじゃん」
●それ、赤くていいね。
「うん、拾った時から赤いの」
●そっか。歌は気持ちよく歌えてる?
「うん、歌は本当に毎度気持ちよく歌ってます」
●そうですよね。とても気持ちよく歌えるようになってるよね。
「それは『ユグドラシル』のツアーの頃とかも含めてってことだよね?」
●うん、それからだんだん、だんだん。
「うん。……なんで?とか聞かれてもわかんないよ、先回りさせてもらうけど」
●(笑)。
「わかった、考えてみるよ、しょうがねぇなぁ(笑)。……だからね、言葉に直しづらいんですけど、別に今まで自分に重しを付けてたわけじゃないです。けれどもやっぱり、音楽を…………俺の作ってきた曲、リリースしてきた曲達がどういう意味があったか、その時期どうだったかって話は前にもしたから(先日鹿野が行なった、excite musicが設置しているBUMP OF CHICKEN special site 05のインタヴューのこと)割愛させてもらうけど、そういうふうにやってきて今があって、“プラネタリウム”まで来て。やっと自分達のやってきたことを守り切った感があって、そしてこれからも守り抜く自信があって。で、どこでSOSが鳴るのかっていう……俺らのやってることが危ういとか、俺らのやってる曲が危ういっていう、助けてくれっていうSOSがどこからいつ聞こえてきても、今はすぐに聞き取れるし、守り方も知っている。だからあとは歌うだけなんだっていう。俺ね、小学校、中学校の時って休み時間のベルが鳴ると同時に歌い始めてた男なんだけど、あの時の気持ちに近いんだ、今歌ってるのは」
●もしかして一つだけ違うことがあるとしたら、今は「自分らの曲はいい曲なんだ」っていう確信と自信を持って歌ってるような感じがするんだ。
「それはでも、昔からあるよ」
●もちろん昔から思ってただろうし、自分の中で「歌うことは自分の役割だ」っていう気持ちがあったからこそ、今ここまで来たんだと思うんだけど。ただ、それを自分に言い聞かせるとか1回1回確認するっていうよりは、もうただ「そうなんだ」っていう気持ちで淡々と歌ってる、そこに対して今は凄くカジュアルに付き合えてる気がするんだよね。最近、歌い方がとても柔らかいからね。
「うん、そうかもしんない。ただでも、曲を好きかどうかっていうことに対して言えるのは、今も昔も変わらない。僕は自分の曲が素晴らしい曲だと思ってる。僕の曲が僕は世の中で一番好きだ。――自意識過剰なことを言ってるわけでも、おこがましい発言でもなくて、これは最低限の資格なんだと俺は思ってるんだ。人の前に立って歌を歌うこと、値段を付けてCDをリリースすること、それを買った人が来てくれたライヴでステージに立つこと。自分の曲が世界で一番いいと言えなきゃ、そんなもん値段付けちゃいけないし、そんな歌を人の前で自信を持って歌えるわけがない。これが一番最初にクリアしなきゃいけない資格であり、礼儀なんだよね、俺らの曲に触れてくれる人に対するね」
●いつくらいから、そういう気持ちでいるの?
「それはド頭からだね、本当に。自信を持って『聴いてくれ、いい曲だから』って言えなきゃ、本当に示しがつかない。今ラジオ聴いてる人達の中にも、俺らの曲を聴いてくれてる人、および今日の放送で興味を持って聴いてくれる人、および今日『なんだ? こいつの喋ってることは』と思って嫌いになっちゃう人(笑)――それは凄く悲しいことなんだけど、いろんな人が俺らの音楽に触れてくれてて、そんな中で『いや、でも自分の曲なんてそんな……』とか言ってるくらいだったら、さっさと家帰れって話じゃん。なんでそんなものに値段付けてんだって話じゃん」
●はい。
「謙虚なのはいいことだと思うんだけど、自分の子供を自信持って愛せなきゃ、ステージには立てないですよ、やっぱり」
●実はこの前、ある筋から、一番初めにバンプ・オブ・チキンがオーディションに出た時のビデオを見せてもらったんですよ。
「(笑)ちょっと待ってくれよ、個人行動じゃんそれ! フライングだよ!」
●(笑)。それで何しろ一番感動したのは、藤原がね、本当に少年なんですよ。
「ははははは」
●すっごい少年なんだけど、そのオーディションのMCで「僕らじゃなくて、僕らの曲を感じてください。僕らの曲を聴いてください」って。
「(笑)言ってた?」
●言ってたんだよ。変わらねぇー!!って思ってさ。最初からもの凄い覚悟を決めて音楽作って歌ってたんだね。
「でもそれって“ガラスのブルース”でしょ?」
●ううん、“ダニー”。
「“ダニー”だった? あ、そう。そっかそっか。……うん、覚悟は決まってたんだと思う、やっぱ」
●びっくりしたよ、本当に。
「だって『頑張ったけど上手にできなくて、でも頑張ったんで観てください』って、上手にできなかったんだったらやり直せば?って話じゃん。そう思うよ。『本当に頑張った』っていうのは言う必要なくて、『最高のが出来上がったからちょっと聴いてよ』って、その一言が言えればそれでいいんだよね。それを受け取る人は待ってるんだし。……それは俺が受け取る側だった場合に、っていう個人的な考えだけどね。どんだけ頑張ったかとかそんなの聞きたくないんだ、そんなのは作品に触れればわかることなんだ。それは音楽でもいいよ、バレンタインのチョコでもいいよ、その作品に触れれば『ああ、本当に頑張ったんだな』っていうのはわかるんだ。だから『頑張った』とか言うのは口数多いぶん損するだけだし、口数多いだけ失礼なんだな。…………ただバレンタインとかで女の子が言うとなるとまた別だけど」
●ははははは! 何調子いいこと言ってんだよ(笑)。
「(笑)だいぶヘラヘラすっけどね、ふふふ。いや、あったよ、そんなんも。『先輩、食べてください。私、頑張って作ったんです!』みたいな。『ああ、どうもありがとう』ってもう1日ニヤニヤみたいな(笑)」
●ライヴやってる時は、藤原はお客さんから凄く愛されてるよね。
「マジで!?」
●当たり前じゃん。バンプ・オブ・チキンの曲をやってるからっていうのもあるけど、自分の音楽と自分自身っていう一体化した何かが凄く愛されてるよね。それを感じると、自分の中で安らぎを感じたりすることはある?
「しねえよ。それは恋愛と一緒だよ――ごめん、『恋愛と一緒だよ』って言い方はもしかしたらいろいろな人を傷つけるかもしれないけど、俺が考えてる『愛し愛され』ってことをちょっと喋らせてもらいます。俺はまず、愛されてるかどうかっていうのよりも、自分がどれだけ相手を好きかどうかっていうところが一番大事なの。なぜならそれしか信用できないから。たとえばお客さんに対してもそうだけど、『俺のこと好きか?』って訊ねて、『好き』と言ってくれて、安心できますか? できないでしょ? 好きであればあるほど『本当か?』って思うでしょ?」
●うん、狂おしいほど疑ってしまうね。
「俺はそういうもんだと思うんだよ。だから『俺のこと好きか?』って何回も訊ねることは不毛なことなんだよ。そんなことよりも、『俺がこんだけ好きなんだ』って気持ちをぶつけるんだよ。そこしか信用できない、俺の中で確実な気持ちっていうのはそれしかないの。『俺はこれだけこの人に愛されてるぞ』っていうのは、やっぱり相手のことを好きであればあるほど、不安定になっちゃうんだよね。『本当になのかな? 俺はこんなに好きだけど、これよりは少ないんじゃないかな?』っていう考え方しちゃったり、『俺の好きってのよりは相手の好きって気持ちは小さいんじゃないかな、だって俺はこんなに好きだもん』って思っちゃったり。そうすると、『足んねえよ、足んねえよ。本当に好きなの? 本当に好きなの?』ってなっちゃうじゃん。じゃあ何が信じられる?っていうと、俺の中にある『俺はこんだけ好きなんだぞ』っていう気持ち――それは確実じゃん、それは信じられる。だからそれを届けることしかできない……鬱陶しいと言われようとね(笑)。それを届けることしかできない。だから八方美人なことはしないよ、もしそれが100%相手に伝わるんであれば――100%っていうのは本当に難しいことだと思う、不可能なことだと思うんだけど、でも100に近い度合いでちょっとずつちょっとずつ伝わって行くんであれば、それだけを続けたいと思ってて。俺はそうしてる。だからお客さんからの愛情っていうのは、やっぱり感じる時もあるし、『ああ、すげぇ助かる』っていう時もあるんだけど……本当に酸欠状態のライヴ・ハウスの中で、俺の曲って息継ぎがないものが多いので本当にブラック・アウトというかホワイト・アウトというか、目の前が真っ暗・真っ白の時ってあるんですけど、そういう時に『最後に見る景色はどんななんだろう?』って目を開けるとお客さんが見えて。お客さんがもの凄い表情でもの凄い動きでこっちに何かを求めてたり何かをくれてたりっていうのが見えたりすると、俺はそれは愛情だと思ってるよ。それで俺は立てるし歌えるし、本当に一呼吸分貰えるんだよね。『もう喉ダメだ、潰れた』っていう時でも、絶対出ない音域の音が出ちゃったりするの。それは奇蹟なんだけど、俺が身をもって体験してる奇蹟だから事実なんだよね、幻じゃないんだ。魔法みたいな話だけど、そういうことって世の中に実際あるんだよ。火事場のクソ力って言えばいいのかな、それはお客さんに貰った愛情から現実になった奇蹟だと思うんだよね。だから『お客さんからの愛情を感じたことがあるか?』って言ったら『ある』って言えるんだけど、でもそれで安心するかって言ったら答えは『NO』で(笑)。俺はもっと不安になる。…………『好きです』『はい、そうですか。ありがとうございます』で完結するほど、人の愛情の仕組みって簡単じゃないでしょ」
●だから藤原はライヴが怖いって言うのかもしれないね。何かを貰うってことをわかってるから。
「だから、俺は欲張りだから。……俺は1個1個の小さな幸せを本当に噛みしめることができるんだけど、そういう歌も書いてきたし――というか、そういう歌ばっかじゃん(笑)。本当に四畳半を広げるような曲を書く奴なんだけど、そういう俺でも欲張りですよ、やっぱり。『本当に? 本当に? いや、もっと言ってくれなきゃ、もっと言ってくれなきゃ』って――そういう痛い恋人ストーリーあるじゃないっすか。『私のこと好き?』『え、好きだよ』『もっと言って』『だから好きだって』『ダメ、もっと!』みたいな」
●韓流ドラマみたいなね(笑)。
「そういうのって痛いなーと思うけど、でも本当に好きになっちゃったらそれって真実だなぁと思うし。で、なんで痛いかって言ったら、そんなことより先に自分がどれだけ好きかってことを伝えようよ、公明正大に、自信を持ってさ。『俺はこんだけ好きなんだよ』って……結局いくら言っても伝わらないんだよね、そういうのってね。『俺は本当に感謝してる、ありがとう!』っていうのを同じライヴの中で何回も言ったり、逆に腹括って1回しか言わないこともあるんだけど、本当にありがとうって思ってても、100回言ったって俺が思ってる『ありがとう』は、あんな素晴らしい空間を一緒に作ってくれたあいつらには伝わってないと思う。『いや、本当に伝わってるから!』って思ってくれてるかもしれないね、みんな優しいからね。けど、でも……違うんだよ、違うんです、本当に。あなたが『伝わってるから大丈夫だから』って言ってくれてる規模で僕はありがとうって言ってないんです。本当にあなたと僕は凄い空間を作って共有して、で、その気持ちを伝えようとすると最終的に結局『ありがとう』ってなっちゃう――でもそこで、『ああ、この言葉はさっき使ったんだよ!!』ってなっちゃうじゃん。それって誰でも経験あると思うんだよね。『ありがとう』だったり『愛してる』だったり『好きです』っていうのは、いろんなところで誰もが知ってる感覚だと思うから。結局のところ、言葉っていうのは感覚がそのまま伝わるわけじゃないんだよね。自分の心の中で生まれた感情・感覚に、一番似合ってる服を着せたものが言葉だから。『ありがとう』なんだけど、『ありがとう』だけじゃ伝わらないいろいろな微妙なニュアンスがいっぱいある。『好きです』だけじゃ伝わらない規模の話がいっぱいあるんだよ」
●あのね、コードやハーモニーっていう技術を伴う中から生まれてきた自分の音楽に対しても、藤原は恋をしてると思うのね。そういう意味で、自分の音楽との恋愛っていうのは藤原の場合はストレートに行ってますか? それともそこでも「俺はこんだけ好きなんだけどさ!」っていう葛藤が繰り返されてるの?
「いや、曲とは本当に、血管が繋がってます。もうビクともしないです、俺と俺の曲の関係っていうのは、もう本当に誰にも邪魔されない。それだけは確実にわかってる。もうね、自分の曲に何回も生命を救われてるし、俺も自分の曲を何回も守ったし。……いろんなところで曲っていうのは簡単に死ぬんだよね」
●なんで?
「なんでって言われても難しいんだけど……曲は強いんだよ。死なないっていう言い方もできるんだよ、だけどたぶん作り手次第なんだと思う。作り手っていうのは作ったものを必ず守るものなんだよ。自分が生み出したものを絶対に守れる能力を持ってるの。だけど、上手く機能しない時があるの。素直になれなかったりだとか、見失ったりだとか、そういう原因で。でも俺は一度たりとも自分の音楽の姿を見失ったことはないし、一度たりともその精神性に迷いが生じたことはない。そいつの言ってることを聞き逃したことはない。絶対に大丈夫」
●……いいね。
「何が?」
●だって、今「血管が繋がってる」って言ったんだよ。
「うん、血管が繋がってる」
●他に何か血管が繋がることができるものなんてある?
「ないね。物理的に不可能なことだからね(笑)」
●それを繋がっていると言えるんだよ?
「うん。この感覚は他にもあるよ。ギター持った時にも血管が繋がったって思う瞬間があるよ。……うん、不思議だよね(笑)」
●そうだね。
「ただ音楽っていうのは俺にとっての表現手段だから。だから誰かに何かを伝えるための音楽ってことになるけれども、そういう意味では『もっと、もっと』っていう気持ちはあります。音楽は俺にとっては言葉じゃないコミュニケーション・ツールであって、言葉にならないところを人に伝えるツールになってくれてるわけですけど、だから言葉より遥かに饒舌なわけですよ、俺の音楽っていうのは。俺の言葉より俺の歌のほうが遥かに饒舌なわけです。…………そういう言葉を超えたコミュニケーション・ツールをもってしても、いくらでも『ありがとう』、『好きだ』っていうのを伝えなきゃいけない。やっぱり足りない、足りなさ過ぎる。……っていうのはあります」
●音楽もこんなにあって、コミュニケーションもこんなに溢れてるんだけど、でもそれが自分のものである時点で絶対に「足りない」んだよね。
「足りないね。…………『溢れてる』とかって話じゃないと思うんだ。俺、自分の音楽を世の中に溢れる音楽のうちの一つとしては考えてないから。たとえば、これだけ世の中に音楽がいっぱいある中で俺らの曲に耳を留めてくれて好きになってくれたり、もしくはその曲だけでも最初から最後まで聴いてくれたり、もしくは『ここがよくない』っていう批評でもいいですよ、そういう何らかの感想を持ってくれたり――そういうことは本当にありがたいし、奇蹟に近い確率だと思ってる。そういうたとえ話の中で『世の中に溢れる音楽のうちで俺らの音楽を』っていうふうに言うことはあるけど、でも自分の音楽を世の中に溢れる音楽のうちの一つとしては考えてない。……世界中に子供がいっぱいいるじゃないですか。自分の子供を世界中にいっぱいいる子供の中の一人って思う奴はいないと思うんだよね。それと同じです」
●だからもっと作りたくなる? もっと作りたくなるし、作ってきたものも、これから作り出すものも大切だから、だから一つ一つをちゃんと育てないといけないって気持ちになる?
「そうなんだよ。……宇宙の話してみようかな。最初に書いた曲が地球だったとしましょう。その次に書いた曲が太陽だったとしましょう。そうすると、最初に書いた地球って曲で伝えたいことが、よりわかるようになるよね。で、今度は月っていう曲を書いてみようか。そうすると地球と太陽の類似性とかも見えてきたり、より伝えたい部分のラインが太くなったりする。曲を書き続けるってことには、そういう部分があるんだよね」
●だから藤原はバンプ・オブ・チキンの初期に、「あぁ僕はいつか空にきらめく星になる」って歌って。その後でいろんな曲を作って、“天体観測”って曲も作って、そして今年は“プラネタリウム”っていう曲も生まれてきて、で、こうやってプラネタリウムの星空の下でもう一度“ガラスのブルース”を歌うことができた。――そこでまた、藤原は「あぁ僕はいつも精いっぱい歌を唄う」っていう言葉の意味を噛みしめることができるんだよね。
「うん、そうだね。……何回も噛みしめるんだよね、結局ね。“プラネタリウム”を経た後の“ガラスのブルース”は、やっぱり“ガラスのブルース”の違う側面や、“ガラスのブルース”で伝えたかったことがより太くなって俺にフィードバックしてくるんだよね。だからそういうところで、曲を作り続けるってことは凄く意味のあることなの。たとえば、何を伝えたいかでジャンル分けできると思うんだ――それは心ない作業だと思うんだけど。“プラネタリウム”が出た時に『またバンプは星か』って思った人もいるかもしれないし。それは表層的なことだけど、『ああ、今回は自分探し系か』とか『ああ、今回は忘れた記憶系か』、『ああ、今回は精一杯頑張るぞ系か』っていうふうに、○○系って言うことはできると思うの。……それは別に芸がなくてそういうことをやってるわけじゃない。同じ人間が本当に伝えたいことっていうのは、そんなに多いわけじゃないんだよ。結局言っちゃえば、1個しかない。その1個が何かわかればとっくに創作活動なんてやめてるけど、今はそれが何か知りたいからずっとやってる。だから似たような系統分けができるものができて当然なんだけど、『じゃあその系統もどっちか1個でいいじゃん』って言ったら、それは間違ってる。どっちもなきゃいけないんだよ、絶対に。光があったら影もなきゃいけないし――そうじゃないとそこにものは存在できないでしょ。『じゃあ光を書いたから、影になる曲があればいいじゃん』って無意識的に考えて生まれてくる曲もあると思うの。『じゃあ背景作ろうよ』、『じゃあ地面作ろうよ』ってやって『ああ、やっと一つの人間になった』っていうものが生まれるのかもしれない」
●それって音楽1曲の中にもあるんじゃないの?
「あるんだよ、すげぇあるの(笑)。毎回毎回、『この1曲で全部歌っちゃったら、もうミュージシャンとしての俺の明日はなくてもいいや』って思えるものが書けたらいいなと思ってやってるし、毎回曲が出来た瞬間にはそう思ってる。でもその2秒後くらいに『いや、違う!』ってなる。『まだここに隙間があった、まだこの角度からものを書くことができる。それによって伝えたいものがより輝くぞ』って思う。だからそれはずっと思ってることなの、本当に」
●人はそれを欲張りと言うかもしれないけど、自分にとっては足りないものばかりなんだろうね。
「そうそう。……だから曲が完成する、その基準は何かって言ったら、『もう明日死んでもいいと思える曲』が出来た瞬間、それをもってして俺は『完成』って言う。ただ、もうその2秒後に――2秒後っていうのは大袈裟かもしれないけど、レコーディングしてる最中なのかもしれないしいつかわからないけど、いつの間にか『こういう書き方もできるじゃねえか』とか『これとは真逆のことも言えちゃうじゃねえか』とか、そういう気持ちが生まれてきちゃうものなんだよな」
●今もそういうことが繰り返されてる?
「繰り返されてますね。……もう一個余談なんだけど、毎回、1曲書く度に『もう2度と曲なんて書けないんだろうな』って思うんだ。アルバムなんてもっとだよ。アルバム完成したら、『もう2度と書けねえな、枯れたな』って思う。……それは前から思ってたんだけど(笑)、その度に本当に怖くなるし、寂しくなる。曲を取ったらただの……ただの何って付ける、その『何』にも悪いくらいの存在になるからさ」
●だからいつもプロモーションの時期が一番元気ないんだね(笑)。
「そうだね、曲を上げたばっかりだからね(笑)。『生まれてきてくれてありがとう』っていうハッピー感もあるんだけどね」
●今はその時期を通り越して、また作りたくなってる?
「(笑)どうでしょう? 結構ね、そういう気持ちは継続的に続いてて、それが強まったり弱まったりってだけなの。弱まっても弱まっただけで心の根底にはずっとあることです。明日死ぬんじゃないか?っていうのと同じで――それは大地震が起きたり隕石が降ってきたり、車に轢かれたり通り魔に刺されたり、自然現象でも人為的なものでも何が起きるかわからない世の中じゃないっすか。そういう『明日死ぬかもしれない』っていう気持ちと似たようなもんで、『もう2度と曲は書けないのかもしれない』っていう気持ちはずっとあります。弱まったり強まったりっていう変化はあっても、それはずっとある気持ち」
●書けるよ。
「うん、俺は書けるよ。ふふふふふ。それも知ってるんだ、だってその気持ちがずっとあるまま書いてるからさ、だから俺は安心しながら不安になってるんだよ」
●はははははは。
「書けねえな、書けねえなって毎回思うんだけど、そんなことやってる内にその内できんだよなっていうことを知ってるんだよね。それは本能的なレベルで理解してるんだよね」
●わかりました。以上です。ありがとうございました。
「どうもありがとうございました」★
※今回は番外編もあります。こちらをどーぞ。