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TYÜNK & Hi-STANDARD/難波章浩 August 12, 2005

●沖縄のスタジオって本当に難波くんが自分で作ったの?
「うん!」
●すっごいねぇ(笑)。
「ほぼ大工っす(笑)」
●身体は鍛えられました?
「そうですね、ブロック積み上げたりしたんで。壁がブロック塀だったり、基本はブロックで作ってるんですよ。ブロックって1個1個が結構重いんですよね」
●でも昔から身体は強かったでしょ。
「結構タフですね。(ハイスタでの)ツアーで持久力みたいなのは作られたかもしんないですね」
●そうだよね。アメリカまで凄い廻ったんだもんね。
「うん(笑)」
●今日はよろしくお願いします。
「よろしくお願いします!」
●新しい音を聴かせてもらって、凄い嬉しかったぁ!
「マジっすか!? ああ、嬉しい!! リアクション受けるの、今回が初めてなんですよ。というのは、僕の住んでる周りには本当におじいちゃんやおばあちゃんしかいないんですね。だから、初めてのリアクションが鹿野さん」
●おじいちゃんおばあちゃんには結構聴いてもらったの?
「ううん、あんまり……たまに、うーん……一人くらいです(笑)」
●(笑)でもこれ、おじいちゃんもおばあちゃんも我々世代も、キッズもベイビーも、みんな踊れると思うよ。
「そう! ベイビーも踊れる。それがポイント。僕ベイビーができて、ほら、あそこにいますよ! はーい、しゅんすけー、パパだよー!(と、ブースの外にいる子供に呼びかける。この収録に難波くんは家族からスタッフからいろいろな方を連れてきて、ちょっとしたパーティー気分がスタジオ内に漂っていた)」
●自分のお子さんが3歳になるまでの間は、音楽と自分の距離を再びどんどん近づけて行った3年間だったんですか?
「そうですね。しゅんすけができてから、基本的に性格も変わっちゃったような気がするし。めざすところが変わったような気がしますね。前は自分のことしか考えてなかったんだけど(笑)。バンドやりつつも自分のこと、自分が最高にいい音楽ができて――それでみんながゴキゲンになってくれることはもちろん嬉しかったんだけど、まず自分がゴキゲンでいるってことだけしか考えてなかったんですよ」
●逆に言えば、俺がゴキゲンになれればみんなもゴキゲンになれるぜっていう確信もあった?
「うん、それはありつつやってたんだけどね。子供ができて、自分がゴキゲンであることはもちろん子供にとってもゴキゲンなんだけども、でも子供が第一優先になったんですよね。たとえば今までは俺が『こっち行きたい』って言ったらこっちに行ったんですね。それが、子供が『こっちに行きたいよー!』って言ったら、やっぱり子供優先で考えてあげてそっちに行くわけですよ。そうすることによって、初めて自分以外の人に先導されるという経験をしたのかもしれないですね。ま、自分以外であっても子供って自分なんですけどね(笑)。だから自分に導かれてる感じがします。それが楽しいんですよねぇ、今。で、しゅんすけが僕の音楽を聴いて踊ってくれるんですよ。そのしゅんすけのノリ具合、踊り具合で、『この曲いいんだな』とか思える。言ってみれば自分にとって一番ピュアな存在であるわけじゃないっすか? だからしゅんすけが喜んでいれば、凄いいい状態なんだろうなと思ってますけどね」
●難波くんの音楽は、前からいつも跳ねてたと思うんですよ。
「いつも跳ねてましたね」
●ただ、今回は何よりもまず跳ねたいっていうかさ―――。
「そうですね(笑)。だから『Hi-STANDARD以降の難波は何をやってたんだ?』って、もしかしたら心配してた人も多かったような気がするんですね」
●そりゃたくさんいるよ。
「ですよね(笑)。だから、沈んでたわけじゃないぜ!ってところを伝えたかったんですね。まずはゴキゲンに跳ねたものを出すことで、『あ、本当に難波はゴキゲンだったんだ。心配した俺らがバカだったな』って思わせる。それを思わせるために、やっぱり強烈に跳ねてるのを持ってこなきゃいけなかったですね。それが結構、今回の目的ではありましたね」
●じゃあ、このTYÜNK(テュンク。語源は「天空」から来ている)っていうプロジェクトは、自分がもう一度世の中に飛び込んで行こうという中から生まれた発想なの?
「そうですね。まず基本的に俺が沈むわけないぜってことを伝えたかったですね。だから名前も『テュン!』って跳ねてるし(笑)。たぶんみんな『難波、大丈夫か?』って思ってたと思うんだけど、大丈夫じゃないわけないんすよ! 大丈夫なんすよ!! まさかの難ちゃんが沈むわけないんすよ」
●(笑)ねえ、まさかの難ちゃんだもんねぇ。
「まさかの難ちゃんが沈んだら日本のあれはにっちもさっちも行かないっすよ」
●難波くん、2001年くらいから具体的に音を鳴らしたりはしてたの?
「いや、もう莫大な量のスケッチがありますよ(と、ウクレレをつまびく)。そうね、だから子供ができてから変わったのが、『先を見て、自分が健康的で長く生きることによって、子供にいろいろ教えてあげたいし子供と長く付き合って行きたいな』って発想になったことなんです。だから今、沖縄というゆったりとした時間の流れと自然がある場所――自然も凄い綺麗ですからね、本当に――で、素敵な優しい人達の中にいて。その中で生まれた音というかメロディが莫大な量あるんですね、この5年間で。僕は大工をやってたわけじゃなくて――」
●ははははは! まさかの難ちゃんは大工だけじゃいられないよねぇ。
「(笑)大工になりたかったわけじゃなくて、僕は音楽家になるために大工をやってたわけですよね」
●具体的にはどこでどういうふうに鳴らしてたの? 家に楽器を持ち込んで?
「そうです、そうです。楽器も全部持って行ったし、なるべく早めにシステムは整えたんで、それで録音して」
●たしかハイスタのアルバム『MAKING THE ROAD』の時も、1回新潟にドロップアウトして作ってたと思うんだけど――。
「ドロップアウト?(笑)」
●違うか(笑)。
「ドロップアウトじゃないっすよ〜(笑)。僕の中では動いてる時は常にアウトしてないっすよね。前進、前進なんですよ。僕の中では東京が中心じゃないんですよね。だから新潟にいる時も僕は前線にいると思ってたし、今沖縄にいる自分も前線にいると思ってんですね。その東京中心の発想っていうのも、僕は打開したいなって思ってるんですね」
●僕は東京生まれの鎌倉育ちで、今は大人になって東京で生きてるんだけど――。
「いいじゃないっすか。僕もそういう環境で生まれてたらこんなこと言わないっすよ。『東京サイコー!』って言いますよ。『TOKYO FMサイコー!』って言いますよ」
●ははははは。
「でも僕、実は東京生まれなんですよ。小学校1年生まで中野にいたんすよ」
●あ、そうなの? じゃあ日本海から戻ってきてるってことなの?(*難波くんは新潟育ちなんです)。
「そう、シャケね。まぁいわゆるシャケですよ。人生=シャケですよ!」
●はははははは。昇って昇って、進んで進んで。
「人生=シャケ論!!」
●(笑)難波くんがHi-STANDARDでいた2000年くらいまでは、もの凄く狂騒のスピードが漂ってたと思うんだよね。で、そこから沖縄という広く大きなリズムのところに行って、自分の中で感じるものはあった?
「うん、僕は競争(*難波くんごめん! 僕が発した意味は、競争ではなく、狂騒だったんだ。でも文意はバッチリだから助かったよ)したくなくなっちゃったのかな……。音楽で競争するってことが嫌になったのかもしれないですね。音楽に良し悪しなんてないんだろうなぁって思ったんだよね。やっぱり音楽で競争するってことから離れたかった。そういう意味で、自分が作る環境は、せめてそういう場所にしたかったっていうのはありますね」
●実際に沖縄行ってみて、そこは理想郷だったの?
「もう(笑)、最高ですね。この音楽(TYÜNK)を聴いてもらえばわかるように、凄く健康的で、長く未来があるような感じがしません?」
●する。沖縄の食べ物を食べてると、一つ一つに長生きする理由があるじゃない。理由なんて人間が後から付けるものだから、それはきっと実証してきた人が付けたもので。だからやっぱり、ゆったりと長くみたいな感じがあらゆる空間から滲み出てるんじゃないかなと思うんです。
「そうですね。僕はHi-STANDARDで相当アグレッシヴなことやってきたじゃないですか。それは10代の頃の衝動だったわけですよね。それを1回通過して、いつまでも衝動的に生きてるだけではやって行けないよっていうことを学んだし――家族を作ったり新しいチームを作ったりして今も学んでる。だから衝動だけで動くんじゃなくて、長い目で見て、僕の等身大、35歳の等身大の……何て言うのかな……『世の中のみなさん、こういう感じで行ってみたらどうですか?』っていう僕なりの提示、表現。それを作品にしてこれから届けて行こうと思ってますね」
●そう思うといっぱい出てくるんだ。
「はい。もう55歳までの分の曲はあります!」
●ははははははは。あと20年分かあ。
「あるよ、アイディアある」
●凄いなぁ。それは降り注ぐような星とかを見て、発想が出てくるわけ?
「そうですね、星は無限だしね。無限のところにいると安心しますよね。基本的に沖縄の自然ってあれ以上破壊されることはないだろうし、空気はあのままずっと綺麗だろうしね」
●お子さんが生まれると、壊して行くこととか、僕らが生きているってことはイコール死に近づいているんだっていうことがとても怖くなって、それで現実的に何かを生み出して行こうって感じると思うのね。
「感じますね」
●そういうものが凄くこの音楽の根底には漂ってると思うんですけど。
「厳密に言えば現代社会――具体的に言えば、作ってしまったビルディングとかアスファルトすべてを取っ払うことはもうできないと思うんですね。だからこれから生きて行くためには、自然を破壊する方向ではなくて――それはイメージだと思うんですね。やっぱり破壊はしてますよ、人間生きていれば絶対的に自然を破壊してますよ。それを破壊って方向で捉えるんじゃなくて『しょうがない』って捉えて、できるだけそれを阻止しつつ、クリエイティヴにクリエイトしていく。もうデストロイの時代は終わったんすよ。人間は新しくクリエイトして行って、長く生きて行くための、長く地球を維持するための方法を、生き方を、これからみんなが見つけて行く時が来たんじゃないかと思いますけどね」
●僕もそれを願いたい。でも、現実的にはデストロイの時代は全然終わってなくて、仕返しの連鎖が昨日も起こってる(*前日にロンドンで2度目のテロが起こった)。
「それはね、…………その連鎖を起こさせないようにみんなの心を穏やかに豊かにするしか方法はないでしょ。だから、僕ができることは素敵な音楽を持って、アゲインストしてしまいそうになった時にそれを聴いたら止まったとか、いい発想になったとか、そういうのをどんどんどんどん広めて行って…………僕は今、情勢的に凄く日本がポイントになってると思うんですね、世界の中で。何かに対しての仕返しの連鎖を抑えるチャンスがあるのは日本人なんですよね」
●本っ当にそうだよね。
「はい。日本は実際、僕らが生まれる前に原爆が落ちてね、それで戦争が終結したとは言え、その後思いっ切り何かを…………何て言うのかな、思いっ切りアメリカに束縛されてる感じがするのね。僕が生まれた時からそう。それに対して僕らは、日本人の持っている優しさ――日本の人達って熱くアゲインストしないっていう方法を持ってるのね。特にアジアの人達、特に日本の人達はそんな気がする。で、アメリカに対しても、こんな状況になっているのに凄い我慢して我慢して……『なんでNOと言わないんだ!』って言ってた時代もあったじゃない? でもさ、NOって言わないことが凄く日本人らしいと思うのね。今もそんなにNOと言わずにこういう状況でもやってる――東京なんてそういう状況の中で凄くいろんなものを作り上げてるし、凄い進化して行ってると思うのね。で、世界の人達は今の日本が置かれている状況を見て、日本の人達の素敵な部分を見たらね……何て言うのかな、俺はアメリカに追従してしまっている姿勢とかを別にカッコ悪いとは思わないんだよね。だってそうなってこうなっちゃってるんだから、それでまたNO、NO言ってたら、なんか違うしさ。なんかね、今の感じで、NOって言わないというか……穏やかに終わって行けばいいなぁという感じ、そういう感じは日本の人達がもしかしたらアメリカの人達に『そういう感じでやってみたら』言えるだろうし。そんな役割があるような気がするんですよね」
●僕はロンドンで爆破が起こって、凄く自分達のことのように感じたのね。それはなぜかと言うと、アメリカが爆破されなかった、じゃあその次にどういうところが標的にされるんだろうっていうところで、我々日本は凄く中心にいて。言ってみればロンドンは東京の身代わりとして爆破されたところもあると思う。アメリカ中心の世界の中でこの国が何かやらなきゃいけないのに何もできないし、何かしたいと思ってる人はたくさんいるんだけど、それが世界の中でどう認められてるのかわからない。だからこそ、そこで腐ったら終わり。「世界の中でナメられてんなあ、俺ら」って腐ったら終わり。だけど腐らずに行ったら我々には役割があるってことは明らか。だからこそ、ものを言う人は言おう、書く人は書こう、音を鳴らす人は鳴らそう――って僕は思うんですよ。
「そうですね。今僕は喋っちゃってるけど、本当は喋りたくないのね。それをすべて音楽に乗せて表現して行ってるつもりなんですよね。だから今喋ったことは補足になるんだけど、本当は補足はしたくないのね。だけど、俺が具体的に今、V2レコード(アンダーワールドやホワイト・ストライプスなど、ワールド・アーティストが契約しているロンドンの洋楽レーベル)と契約をして、ロンドンに突入しようとしているわけじゃない。そのタイミングって、自分ではそういうことなんだと思ってるんですよ。それはもう自分の使命と捉えてて。俺がさっき言った『日本人の感じってこんな素敵なんだぜ』ってやれば、世の中ちょっとでもよくなるんじゃないかなって気がしてますよ、確かに。日本の雰囲気、オリエンタルな優しさ――そういうものを西洋のアグレッシヴな奴らに教えるべきなんだよね。その意味で、僕がこういう役割になってんでしょ?って思う。だからそれを絶対的な僕の使命として受け止めて、僕が行きます」
●それを日々強く感じる?
「はい。そのために、5年間沖縄でパワーを溜めてきたんです」
●嬉しいよ。今回の『TYÜNX』っていう作品は、基本的に打ち込みであり4つを打っていて、典型的なダンス・ミュージックのフォーマットの中で聴くこともできる作品だと思うんですね。ただ、僕は難波くんがこの作品を出したことがあんまり意外じゃなかった。それはなぜかと言うと、僕はこの作品はオルタナティヴだからだと思うんですよ。
「そうです、そうです」
●アメリカでかつてオルタナティヴ・ミュージックというムーブメントが起きて、Hi-STANDARDの仲間もそこにはたくさんいて。僕はあの時代っていうのはまさに日本の音楽の時代だなと思ってるんですね。アメリカではオルタナティヴという折衷してできた新しいロックがある、イギリスではアシッド・ハウスみたいなものがイギリス版オルタナティヴ・ミュージックとしてクラブから生まれてきた。でも、何かを断定せずに折衷して行くということを歴史的に最も創造してきたのは僕ら日本人であって、そういう日本で生きてきてそういう日本で音楽を作るということに意識的な人が、日本でオルタナティヴ・ミュージックというものを作って。あなたはその中心人物だったと思うんですね。
「おお〜!! ポローン(とウクレレを掻き鳴らす)♪ありがっとう〜、しかのさ〜〜ん♪ ポロローン」
●はははははは。
「よくわかってらっしゃる!」
●ありがとう(笑)。その難波くんが、スピリッツは何も変わらないよっていう気持ちで出してきた作品がこのダンス・ミュージックだったということが、僕はもの凄く「難波道」だなと思ったんですね。
「僕が高校から出てきた東京というのはですね、ニューヨークのもの、ロンドンのもの、ロサンジェルス、サンフランシスコのものが同時にぐんっと集まってて。東京もニューヨーク、ロンドン、東京って3大大都市みたいに、対等だったんですよ。それが超カッコよかったです、高校生の時に新潟から見てて。テクノカットやってましたよ、僕も」
●ははははははは。テクノっ子だったんだ。
「モッズでしたよ、モッズ」
●ああ、モッズかぁ(笑)。
「そうですよ、モダン児ですよ。ブリティッシュですよ、僕は。そりゃラモーンズも好きだったけど。というか、イギー・ポップ、パティ・スミス、ニュー・オーダー、キュアー、999、バズコックス………だからそういうのが普通に、ニューヨークの人だろうとロンドンの人だろうともう一緒になってるわけですよ、頭の中で。これ僕らだけっすよ。東京の人だけよ、日本の人だけよ、世界中で見て。ソウルじゃないよ、東京よ。やっぱそこをリードしないと、東京は」
●音楽シーン的にもそういう時代をもう一度呼び起こしたいっていう気持ちが強いんだ?
「はい、ある。僕はそこで一役を買いたいっていうか。何て言うのかな……だからそことの裏腹ですよ。裏腹ボーイ?」
●(失笑)。
「『なんか俺は邪魔なのかなぁ?』とかね、『でも俺はどっちなんだ?』っていう裏腹ね、それは常にありますね」
●ハイスタやってる時も難波くんにはそれがあったよね。
「あった。被害妄想が酷いんだよね」
●その申し訳なさモードは、なんで生まれてきちゃうの?
「なんでですかね。うーん、でも誰もがそうかもよ? 全開のアホなんてそんなにいないでしょ。まぁそうなりたいんすけど(笑)。とにかく全開になりたい!」
●でもね、常に裸の王様にならないで、裏側で何が起こってるか、足下で何が起こってるかを見ながら音楽を作ってって。その場で落ちて上がって、そしてまた難波くんは帰ってきたんだよね。
「そうですねぇ……まぁ本当にもう、音楽好きなんでね」
●このダンス・ミュージック的な打ち込みっていうのは、沖縄に行ってからすぐ頭の中にあったの?
「そうですね、基本的には踊らせるってことですね。で、本当にダンス・ミュージックが好きだったし」
●もともとレイヴとか行ってましたもんね。
「大好きですよ、もう踊り狂ってましたね。基本的に生まれた時からABBAかかってたし」
●そうなの!?(笑)。
「そうっすよ、母ちゃんもろディスコっすよ! 親父と二人で踊ってたらしいっすよ、結構。だから家にABBAとかそういうのありましたよ。赤ちゃんの時はそういうので育ってたんでしょうね。で、踊ってたんでしょうねぇ、しゅんすけみたいに(笑)。だから自然な流れなのかな。だから(打ち込み)機械を使うことも凄い憧れてたし」
●実際に自分がこうやってダンス・ミュージックを作ることで、自分もそうだしファミリーもそうだし、それから仲間も、みんなが馬のように跳ね上がって跳べるっていうことは喜びだった?
「うん、喜び。だからこれからは、単純に…………機械音楽って安定してるじゃないっすか」
●ビートとかがね。
「安定性がありますよね。で、そこに僕のこれから先は長いっていうか。年齢的に筋肉的なパワーは衰えて行くわけでしょ。そういう意味で機械っていうのは常にアグレッシヴでいてくれるわけでしょ。そこに魅力を感じましたね」
●ダンス・ミュージックってえてして機能的な音楽と言われるし、そういう側面は確かに持ってると思うんだよね。だけど、難波くんのダンス・ミュージックは「機能的な音楽」という言い方は凄く似合わないよね(笑)。
「うひゃ〜〜!!! じゃあ何すか?」
●パッション・ミュージック。
「おっし!!(ウクレレを弾きまくる)……パッション。いい言葉だなぁ。メモらなきゃ!」
●喜びの歌、凄く喜びの歌だよね。
「メモっときます(と、カバンからスマイルくんの手帳を取り出し、本当に熱心に書き込んでいる)。次のアルバムのネタっすよ。…………僕、ずーっとこんなことやってるんすよね。基本的には場所なんてどこでもいいんです。できるだけ……すぐ動けるんですよね、沖縄だと」
●やっぱりああいう場所にいると、自分の存在が小さくもあり強くもありみたいな気持ちになるの?
「そうですねぇ、小さい時もありますよ。それがいいっすね。でいて、切なくならないっすね。寂しくならない」
●なんで?
「うーん、なんかわからないけど。優しいんすよねぇ、凄く」
●俺、毎日寂しいわー。
「え? 知らないっすよ(笑)。何言ってんすか! じゃあ鹿野さん、これ(TYÜNK)聴いてくださいよ。そのために作ったんすから」
●へい(笑)。Hi-STANDARDやってる時と比べて、自分の中で何か変化はあったの?
「いや、変わんないっすよ」
●ある意味ね、「音楽で世界を変えることができるんだ」っていうエネルギーを凄くストレートに出してくれたところに、Hi-STANDARDの希望と素晴らしさがあったと思うんですよ。
「そうですね。音楽ってやっぱり人がやることだし、その人に触れた時に、なんか…………たぶんこれ(『TYÜNX』)聴いて、鹿野さん寂しくなくなったんじゃないかと思うんですね」
●ははははははは、その通り!
「これで次のアルバムも楽しみになっちゃったでしょ」
●いやいや、ずっと前からずっと楽しみにしてたんだよ。
「わかったわかった、僕がいなかったから寂しかったんじゃないの?」
●…………ちょっとシャレで返せないくらい、本当にそういう時もあったわけよ。
「マジっすか(笑)。でも僕も鹿野さんのことたまに思い出してましたよ、どうしてるかなぁって」
●ありがとう(笑)。難波くんはね、そうやってみんなに希望を持たれる存在であるという自分のアイデンティティや自分の立場を、凄く自覚的に感じてたと思うんだよね。
「そうですね」
●それによって横山くんやつねくんという最高の仲間たちといろんな運営をして祭りを起こして、インディペンデントでありながらどんどん巨大なものを作ってったし。で、残念ながら一旦ストップしたんだけど、でもこうやって気持ちは変わってない。
「そうですね(笑)。形態がストップしただけで、気持ちはストップしてなかったから。そういう意味で凄く反動になったと言うか、バネになったと言うか。だから僕は今のほうが巨大なことしてると思ってますからね」
●沖縄に行ってそんなに焦る時期もなかった?
「うーん、ないと言ったら嘘ですけど、余裕はありましたね。というのは、強烈な音楽を作る自信があったし。自分の中でですけどね、あくまでもね。自分の中で『この音楽ヤバいな!』っていうのがすでにあったから。それがこのファーストに出てるかどうかはわかんないけど、それは一概に言えないけど、僕の中に音楽は楽しいっていう自信があったから。何にも全然焦ってなかった」
●この5年間はどういう音楽を聴いてたの?
「沖縄の民謡とかは凄く自然に入ってきたし。あとは、うーん……ラテンとか合いますね、やっぱり。ご飯食べる時とか。やっぱり暑いからラテンとかボサノバとか、南国の音楽は合います。もちろんスカ、レゲエもそうだしね。今回は凄く機械というかデジタルチックなものを出したけど、別にそれは『できるよ』ってことを言っただけで(笑)」
●そうなんだ。
「いや、そんなことなくって(笑)」
●なんだよ(笑)。
「いやいや(笑)、だから機械と言ってもさ、無限に音が出るんすよ。いろんな音が出る楽器なの、僕からしたら」
●わかる。というかさ、沖縄で過ごしてボサノバであったり民謡であったりがあって、やっぱり生活とリズムの気持ちよさみたいなものに自然と虜になって行ったという、そういう部分がこのリズミックな音楽に繋がって行ったんじゃないの?
「そうですね、そういう意味では凄く……うーん…………、ここ(ブースの外)にみんないるけど、これは僕のバンドだし、この音楽は僕とみんなの中から生まれるものなんすよね。だから呉我音響(ごがおんきょう。難波くんが新しく設立した音楽グループ・カンパニー)というのがみんなのバンドだとしたら、呉我音響っていうバンドから生まれた作品がTYÜNKっていうイメージなのね。だから今回はたまたま僕が音楽を出したけど、gabiが映画作ることもあるだろうし、gentaも何か作ったりするだろうし。alainも絵描きになるかもしんないし(みんなスタッフ仲間)。だから自分の中の『僕は音楽をやるバンドマンだから』っていう、そういうのも東京にいた時から嫌だったのね。それを取っ払いたかったのね、凄く。で、僕もアーティストの中にいて音楽をアーティスティックに捉えたかったし。…………これ、ネガティヴなこととしてではなく聞いてもらえます?」
●もちろん。
「音楽だけね、凄くアート性が低いような気がしたのね。単純に今簡単にダウンロードできたりね。写真や絵……こと絵と比べると、凄く低く扱われてる感じがしたんすよね。うーん、何て言うのかなぁ……そこら辺をね、高めたかったな。音楽を作る人って、なんか別に芸能人じゃないぜって。それをね、日本の人達に言いたいなって思ってる」
●僕はね、そこが音楽の素晴らしくもあり卑しい部分でもあると思うんですけど。他のアートに比べて、音楽って食い物にされちゃう時が多いんだよね。
「そうなんだよね。だから僕も今回これを打ち出したでしょ? 打ち出すまでちょっとありましたよ、いいのかな?っていう葛藤があったの」
●もう一度世の中といろんな契約をしつつ再出発するということが?
「うん、そうそう。削られるっていうかさ。だけど、東京に来て削られて『ああー』ってなりつつ、沖縄に行ってまたパワーを貰ってそこで作ればいいわけだから。そのカタチを作れたことが、やっぱり凄く自信に繋がってるんだろうね。僕が今も東京に住んでたら、こんなにデカイ口は叩けないと思うし」
●というか今の難波くんはイメージの世界でどこまでも進んで行こうよとか、そういう世界にいるんじゃないかな。難波くんは何年間も下北沢で楽しくファンキーにロックンロールしてたと思うんですね。
「はい、ロックンロールしてた(笑)」
●下北沢っていうのは土地だよね。あれが土地じゃなくて、それぞれのイメージの中にあるアイランドというかさ、絵を描く奴らが集まって集えばいい、それは場所なんて関係ない、音を鳴らす者同士で集まって踊りたきゃ踊ればいい、そこも場所なんて関係ない、その代わりみんな鳴らすし描こうよ、そして語って行こうよっていう。そういうエネルギーの拠点――イメージ・アイランドっていうかさ、難波くんはそれをやりたいんじゃないの?
「そう!それをやりたい。だからオノヨーコさんに会いに行きます」
●へ!? そうなんだ。
「はい。丸メガネして。『どうですか?』と。『こんな僕どうですか?』と。ま、基本的には『この子だぁれ?』って言われなきゃダメなんでしょ?」
●(笑)わっかんない。
「『この子だぁれ? この子素敵ね、この音楽素敵ね』って思われるように。そしてそのアイランドを一緒に作りませんか!?って言いに行きます。あと誰かなぁ。美輪明宏さんとかお会いしたいっすね。……あとザック(デ・ラ・ロッチャ)にも会いに行かないとね。それから……ランシドのティムがね、なんか俺と一緒にやろうぜって言ってるらしいよ」
●もう怖いものなしじゃん。
「いやいやいや、まあね(笑)。いやいや、もともと怖がってないっすよ」
●怖いものないしさ、沖縄行ってこんな音楽作ってきたんだから、さらにどこでも行けるじゃん。
「ねえ。そう、だから音楽が先に行ってくれるから、それに付いてけばいいの、自分は。場所じゃないし」
●時代じゃないし。
「時代じゃないし。でも、そうだし」
●そうなんだよね。だからこそ、アゲインストの風に向かって行かなくちゃいけないんですよね。
「そうですねぇ。だからね、僕はもうアゲインストしないね。反抗しない。僕はとにかく南国のハッピーな雰囲気を届ける」
●それは、沖縄から東京や世界を見ていて、それが一番足りてないものだと思うから?
「そうですね。アゲインストするやり方っていうのはいっぱいいるじゃないっすか。もうその人達に委せますよ、僕は。僕はもうとにかく『ほんわり感』を届ける。それに徹します。音楽はとにかくほんわり感。みんなで横に手を繋ごうぜって。『みんな一緒だろ? 人類みんな一緒じゃねえか、何いがみ合ってんだよ?』って、それを音楽でやって行きます。……アゲインストする方法――『あいつがあれやったからアゲインストやろうぜ』って、そしたら僕は政治家になりますよ。政治家としてアゲインストしに行きますよ」
●音楽がやることはそれじゃない?
「うん」
●難波くんはアゲインストしてきた10年間の自分の経験も含めて、それを言うんだろうね。
「まぁあと歴史が物語ってますよね。何にも変わんねえんだもん。何も止められなかったじゃん」
●そうだね。でもまだ他に音楽でのやり方もある、違うやり方で人を動かす方法があるって思うよ
「うーん、そうね。だから僕は今、その手法を取ってるっていうことっすよね。それを全うしますよ、それに全力を尽くす」
●難波くんの音楽って今回のも凄くハッピーだしピースフルだし――。
「だって僕が『怒るぞー!』なんて言って『ハードコアー!』なんて言ったらみんな聴けないっすよ、ヘッドホン外しますよ」
●ははははははははは、なんでだよ?
「だってほんと単純に、そういうので亡くなってしまった子供達の、もしくはその母親達の音楽を奏でたら、聴けないよ僕の音楽なんて。僕そっちへ行きたくないの」
●凄く理解できます。でもね、難波くんのこれはね、本当にハッピーだしピースフルだけど、ゆったりとはしてないと思うから。「イエーイ!」だと思う(笑)。
「まあね(笑)。やっぱイエーイ!はありますね。基本的にはイエーイ!っていう」
●だからこれを聴くと、やっぱりあなたは走る人なんだなって思う。
「そうっすね。……でも、ゆったりしてるんすけどね。これでもゆったりさせてるんすけどね(笑)。きっと僕があのまま東京にいたらゆったりなんてできないでしょ。で、こういうちょっとゆったりした音楽も出てこなかったと思うんすよね。僕が突っ走りまくってたら、もうなんか、ねえ、あのビルの上とかにいるかもしんないじゃないっすか(と言って、皇居や丸の内の景色を指差す)。かもしんないっていうか(笑)、いや、あの上に立ってるだけっすよ。でも立ってたら怒られるじゃないっすか」
●そうだね。
「そうですよね(笑)。だから怒られたくないんすよ。怒られない場所に行ったの。怒られない環境で僕はゆったりと……怒られなければストレスも溜まらないでしょ」
●怒ったり否定したりという物差しが少ない世界だからね。
「そうそうそう」
●この辺りは物差しだらけだからね。縛られるから走れるというか。
「そうねぇ。まぁそのタフさは僕は好きですよ。僕は両産型だから。都会も自然も行けるんすよ。それはたぶん小学校1年生まで中野で育って、その後新潟の池にいるおたまじゃくしとかと遊んでて。そのギャップが自分の中でカルチャーショックだったんですよね。それが本当に大きかったんだと思うの。で、凄い楽しかった。そのカルチャーショックを未だに受け続けたいっていう。だから見たことのないロンドンとかも行ってみたいし。でも、僕が生まれたのは東京なので、日本なので、東京と日本をシカトしたまま僕は外に行くわけにはいかないよって。なぜなら東京がポイントだぜ、日本がポイントだからなんだぜ――っていうことを伝えて、そこから通過して行こうと思ってますね。みんな頑張ろう! みんな上がって行こうぜ!っていうことを伝えてからね」
●本当に新鮮好きだからね。
「新選組?」
●新鮮好き。そこがこの楽曲に繋がって、そして子供にもキャッチされるものになって行くんだろうね。
「そうですね。だから僕、言ってもらえれば子供向けのアルバムとかも作りますよ」
●っていうか、これで十分なってる。わざわざ作る必要ない(笑)。
「あ、でももっとできるよ。本当に子供向けっていうの作れるよ。これはもうおじいちゃんから子供までっていう作品じゃない」
●いや、もう俺は難波くんはその距離でやって欲しいな。人を選ばないミュージック・デパート。
「ああ、すげえ嬉しい!」
●今後はどうですか? まだいっぱい曲もあるしやりたいこともあるんだよね?
「今後はねぇ、このまま……今回V2レコードからTYÜNKが出ると。で、そういう流れを作りつつ、繰り返し僕はしばらく作品を届け続ける、東京に。そうすることによって少しずつ少ーしずつ上がって行ってもらえるんじゃないかなぁと、それが僕のプランの中にはあるので」
●難波くんはTYÜNKもあるし、なんばあきひろ AND 宇宙船地球号というユニット(『アストロ球団』の音楽を手掛けている)もあって、今回同時に作品を出しますよね。さらに幅を広げて、さらにHi-STANDARDも含めて何でもやるぜ!って考えてるの?
「そうですね、基本的にはハイスタもまだ僕の中にはあるわけで。だからあの時Hi-STANDARDでゴキゲンだった難波がTYÜNK始めたよ、みたいな感じなんですね、たぶんね。『Hi-STANDARDで名を馳せた難波章浩がTYÜNK始めたぞ』ってことですよね。…………あ、あ、間違えた、『Hi-STANDARDのヴォーカルは難波章浩だったんだけど、その名前みんなあんま知らなかったかもしれないけど、その名前あんま知らなかったから“なんばあきひろ AND 宇宙船地球号”って名前にしたよ』ってことですよね」
●それ違う気がする(笑)。
「いや、結構そうなんすけど(笑)。『みんな名前覚えてね』っていう意味も込めて、これはなんばあきひろ AND 宇宙船地球号って名前にしたんですね」
●この二つのプロジェクト以外に……もっとあるの?
「ありますよ、5個あります(笑)。……5個やる、ゆっくりね。だから呉我音響って5バンドいるんだよね。5バンド所属してんの。その中にはデザインするgentaもいて、gabiがいて、alainっていう総監督がいて。呉我音響はみんなになってもらいたいなって思ってるんですね。みんなおいでよ! みんなで仲間になろうよ!って……そういうことができたら、人類、みんな、友達は傷つけないんではないかなと思っております」
●わかりました。難波くんはこれからも、沖縄で創作をして行くんですよね。
「はい!」
●沖縄でも東京でも、どんどんど真ん中に落として行ってよ。
「はい。そうすることが近道だってことっすよね」
●そう。近道だし、幸せ。
「幸せ(笑)。鹿野さん、ほんと最高だね! ありがとう」★

*難波章浩にとってロックとは?
「自分にとってのロックとは、自分自身になることです。そして自分を信じて、自分の持ってる発想を全開に持って行く。ロックの日に生まれた昭和45年6月9日生まれ35歳難波章浩のロックンロール文化論、回転して行きましょう!」

*Hi-STANDARDを待っている人達へ。
「そうっすね……Hi-STANDARDは今みんなそれぞれのやりたいことをまっとうしつつ、また行く行く必ず作品を打ち出して行こうという話になっております。なので、Hi-STANDARDのほうもしっかりとみなさん期待してもらいつつ、それぞれのソロの動きを、3人の個性を、見てください。よろしくお願いします!」


Last Update : 2005年08月13日 (土) 01:16

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