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100s/中村一義 January 27, 2005

●『OZ』というアルバムがどれだけ傑作かっていうのは、言われ過ぎて疲れてるでしょ(笑)。
「いやいや、そんなことないっすよ(笑)。そこまで僕、人に会わないタチですからね。間接的に知ったりとか。誰かが書き込んでくれてるの見て、『ああ、そう思ってくれてるんだ』みたいな(笑)」
●本当に傑作なんですけど、ここでまた僕が傑作であるということを細かに語っていっても、それは中村君にとっては聞き飽きた話になる可能性があるので、今回はこのアルバムが傑作だという根底にある中村君の中の音楽的な部分、本質的な部分を聞きたいなと思ってます。
「はい……なんか今日は固いっすね(笑)」
●いやいやいや、そんなことないっす!(笑)。
「あはははははははは!」
●僕ね、中村君の歌はイメージがすべて「宇宙」だと思う、つまり中村君はすべてが宇宙に繋がっている音楽を作っていると思うんですよ。
「ああーー、そうですね、そうです、そうです。特に今回、『OZ』に関してはその色は濃くなりましたね。カタチがあるもの/ないものに拘らずすべて、生命ってものをどれだけ自分と対峙して考えることができるのかっていうテーマが、凄い念頭にあったんですよ。一応僕もこの時代に生きてる人間なんで、その時代性と自分の発したいものを照らし合わせて次に出す自分の答えを考えるんですけど。そこにおいて、今回はそういうことだったんですよね。目の前にあるものとか効率性とか社会の枠組とか、そういうのを1回まっさらにしたところでどういう音楽が鳴るのかっていうことを、一つ見てみたかったというか」
●それは当然と言えば当然なんだけど、ただ僕はちょっと意外だったんですね。今は戦争やいろんな陰惨な事件が起こっていて、それによって必然的に僕らは日々「生き死に」みたいなことを突きつけられてると思うんですよね。そういう時に、中村君があえて現実か夢か、生きてるのか死んでるのかというテーマを素直にダイレクトにアルバムにしたのは、当たり前過ぎて意外だなという感じがしたんです。
「うーん、もともと僕がデビューした時からずっと持ってたテーマではあったんですけど、でもそこに対してここまで直接に対峙したことが今までなかったというか。だから僕が個人的に生きていくためにも表現者としても、一度はちゃんと立ち向かわなきゃいけなかったアルバムなんだなと思いますけどね」
●それは、ある意味自分の中で空想していたことへの自分なりの決着を付けなければいけないという感じ?
「空想というものと予言っていうものを描き分けるってことが、僕がデビュー当時にやってたことなんですよね。空想もいいし大事なんだけど、それよりも、こうなるかもしれないんだから人間にとってはこういうことが必要で……っていう予言みたいなことをデビュー当時は言っていて。そこでの葛藤とかってものを聴いてくれてる人達と共有できた部分もあるのかなと思うんですけど。今回は現実として目の前にそういうことが起こってしまった時代の中で、今と将来っていうのをどうやって生きてくかっていうことを一生懸命考えながらやっていって。で、面白いことにそういうことを考えていくと、時の概念がなくなっていくんですよね。だから普遍論になっていくというか」
●そうですよね。その普遍性が音楽という感覚とピタッとはまったからこのアルバムは素晴らしいんですけど。でも何故今、それが出来たんでしょうね?
「今って個人間が支えている時代なので。だからある枠組に対してその時点で当てはまる言葉を言っても、もう遅いんですよね。人間とはどういう成り立ちで、いざという時にはどういう行動をしてしまって、逆にどういう行動にも出てくれるのかっていうことをちゃんと考えないと、根本的なことは言えないなと思ってて。まずその根本的なことを発しないとダメだなというのが凄い強くあったんで、今までの中でも一番ベーシックな、時代感を持たない、というか持ってるんだけど持たないというか、『持たない時代感』があるアルバムになったかなぁと思いますね」
●例えば『金字塔』や『太陽』というこれまでのアルバム・タイトルを見てもそうだし、今回のアルバムの中でも「光」ということを歌っていますけど、中村君の歌はいつもそういう100年くらいじゃ決して存在がなくならないものが歌われている。それがあなたの音楽から感じられる宇宙感と繋がっていると思うんですけど。中村君は音楽を作り始める前からずっと、頭の中はそっち側にぶっ飛んでたわけですか。
「いや、そんなことないですよ(笑)。僕も自分の大きさが量れない時はあったわけだし、そうなると宇宙的なものと自分の器を比較して考えることもできなかったし。僕らは大きなものに包まれて生きてるんだっていう実感もなかったわけだし。それはやっぱり音楽を通じて獲得できたもんだと思いますけどね」
●音楽というもので自分の自我を確認できた感じ?
「そうですそうです。やっと自分がコネクトできる手段っていうのを持ち得た。それを持ち得たことによって自分の中でも整理できたし、『ああ、自分はこういうことを言うために今までこんなこと考えてきたんだ』っていう、やっとアウトプットの手段ができたなって思ったのが音楽やりながらだったんで。それまでも雑然といろんなこと考えては自分の中に蓄積してたと思うんですけどね。例えば絵を描いたりとかいろんなことやってたんですけど、出し方が散漫だったんですよね(笑)。いろんなものが出過ぎちゃって」
●絵はどういうものを描いてたの?
「初めはゴッホとかの模倣から入ってたんですけど、そこを超えられない自分もいたし、いざ出してみるとイメージが凄い散漫だったりとかしてね。『自分は表現者には向かないのかな』って………若いから焦ってるんで、絵を描いてたら絵しかないって思うんですよね(笑)。でもそこでやっと音楽やり始めて。それが14、15だったんですけど、その時ですでに俺、音楽でやっていくには遅いんじゃないかって思ったんですよね、かなり生き急いでたんで(笑)。『すっごいスロー・スターターになっちゃうけどやれるかな?』ってことを考えつつ、音楽始めましたね」
●音楽は最初から凄くジャストに自分とコネクトできたものだったの?
「いや、そんなことないです。やっぱ苦労しましたね」
●ですよね。ゴッホの模倣から入るような意味合いで絵を描いている人にとっては、音楽というものに自分の中のデッカい塊というかイメージを下ろしていくのって凄い難しいですよね。
「そうなんですよ! 難しかったです、本っ当に難しかったですねぇ。だからやっぱり、本当に出したいところよりもどうでもいいような付随するものばっかりが出ちゃうこともあったし。どういう加減でやればちゃんと本質が伝わるのかっていうことを、考えられてもなかったんじゃないかと思いますけどね」
●僕は、音楽は俗物だから素晴らしいと思ってるんですね。で、音楽をやってる人にとっても最初の入り口は易しい俗物であって、そこから入ってどんどんやっていくうちに、芸術としての深みと高みが見えてくるものだと思うんですよ。だから逆に最初から音楽の中に芸術の高みと深みを入れようとすると、収集のつかないものになっちゃう気がするんですけど。
「あー、だから僕は最初はイギリスのプライマル(・スクリーム)とかから入ったんですよね、とっかかりとしては。それで、自分でもできないか? と思って始めて。そういう意味では凄い俗なんですね(笑)。でもそこから過去を遡っていって、いろんな60年代のポップ・ミュージックとかを聴いたりして、『ああ、音楽ってここまで表現できるんだな』というのがわかって。言ってしまえば無音でも表現できる、表現のカタチになるんだなっていうのがわかって。音楽の中から僕が受け取れるものがあったということは、僕じゃない誰かも受け取ってるんだろうなという思いがあって。だからその頃にポップって意味がやっとわかってきたような気がしますね」
●なるほどね。なんで自分で歌いたくなったんですか?
「歌はね、また別なんですよ。初めはインストばっかり作ってたんで。歌を作り出したのはもっと遅くて17、18だったんですよね。それまでは歌で表現するってことが頭の中の世界観を曲にする時に妨げになると思っていて。イメージを妨げるような気がしたんです(笑)」
●それは歌=意味だから?
「そう、はっきりし過ぎてるから。伝えたいことも漠然とじゃダメだし。僕が歌やるんだったらそれくらいのことやりたい、と思ってたんですよね。本当に言いたいことをどれだけあの手この手で伝えるかっていうところまで、まぁ時にはシンプルにやる方が効果的なのかもしれないし、それはわからないですけど。でもそれくらいの気持ちを込めてやりたいと思ってたんで、『自分はまだまだ歌を作るには甘過ぎる!』って、ずっと作らなかったんですよね。で、サンプラーとか、今で言うDTM的な機器を使って打ち込みのようなことやってたんですけど」
●それって、みょーーーん!とかびよーーーーん!とか、そういう?
「そうそう、ぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃぴゃ!とかそういうのを延々(笑)、それしか鳴ってないようなの作ってたんですけど」
●(笑)その世界に浸ってる自分は気持ちよかったの?
「そうですね。それで俺、プロになれると思ってましたからね(笑)」
●ははははははは!
「それでレコード会社各社にデモテープを送ったんですよ」
●みょーーん!を?(笑)。
「はい(笑)。で、ことごとく落ちまして(笑)。でもやっぱり作ってる時はもう本気で作ってるもんだから。まぁその中に歌的なものもあったんですけど、それは音の世界の表現力の余力を残した状態のトラックで、決して歌が主人公ではなかったんです。そういうものを作って英詞を乗せてやってたんですけど、それで落ちまして。で、なんか、まずは真逆をやってみて、そこにトライしてみなきゃダメなんだってことに気づいて。いよいよ、さっき言った、伝えたい1個のことをどう伝えるかっていうテーマで曲を作っていかなきゃいけないんだってことに気づいたんですね。その中にどう自分の世界、バックヤード的な宇宙の世界っていうのを込められるかってことを、凄く本気で考えるようになったんですよ。そんなことをしてるうちに、“犬と猫”っていうデビュー曲が出来て。で、何故かデビューってことになったんですよね(笑)」
●“犬と猫”っていうのは、もの凄く清々しく自分を発散してる歌だと思うんですよね。
「そうなんですよ。日本詞を書いたのもあの曲が初めてで。だから言ってしまえば、それまでは口を閉ざしてたようなもんだったんですよ。それが明確な言葉として出てきた。それまで18年間生きてきたすべてがボーンと出た感じだったんです。……さすがにあれが出来た時は、これでダメなら音楽やめようって思いましたね。そしたら上手く行ったんで、『ああー、やっぱり俺は、かなりのひねくれ者だったんだな』ってわかって(笑)」
●その瞬間は気持ちよかったですか? それは自分の中の閉ざしていた扉を開けて初めて世界と繋がった瞬間だったと思うんだけど。
「とりあえずは気持ちよかったですね。江戸川の土手を自転車で何周もしましたからね(笑)。もう犬みたいに。嬉しくて嬉しくて。それこそ本当に人と繋がり合えるパイプを持ったってことなんで、それは本当に嬉しかったですね」
●ただそうやってコネクトしていくと、逆に言うと繋がり始めたからこそなかなか繋がらないんだ、世の中っていうのはとても難しいなんだ、世界っていうのはこんなに美しそうで醜悪なんだ、といろいろなことを考えてしまうと思うんですよね。中村君にとってそれは歌い始めたところから始まってるのかな?
「そうですね、それまで抱えてきたものにやっと自覚的になれたっていうのが、歌い始めた頃なんですね。『ああ、俺には生まれついてこういう問題があって、こういうところで悲しくてこういうところで虚しくて、こういうところで楽しくて笑えて……』っていうのが1個1個確認できたんですよね、歌を始めてから。……それまでは何も考えないで、したたかに生きてました(笑)」
●ははははは!
「その時々の現状に対応するしたたかさっていうので、生きてましたねぇ」
●僕は中村君の音楽はすべて闘っている音楽だと思ってるんです。で、今回の『OZ』で非常によかったなと思っていることがあって。それは100sという一緒に闘ってくれる人達――世代とか時代感とか曖昧な意味ではなく、本当の意味で一緒に闘ってくれる人達を、中村君の孤独な魂と孤独な音楽の中からやっと見つけたんだなということなんです。このバンド自体は何年も前からあったし、前回のアルバム(『100s』)も一緒に作ってるわけだけど、僕は前回のアルバムは「一緒に楽しむ」ってことをやったアルバムだと思う。
「うん、そうですね」
●それは僕には「戦闘前夜」だと感じられたんですね。中村君の音楽は闘う音楽だから。でも『OZ』はまさに結晶なんだよね。
「そうですね。もうそれぞれが宇宙の住人ですよね。でも違う宇宙だから、お互いに乗り越えなきゃいけないところもあるし、歩み寄らなきゃいけないところもあるしっていう作業でしたね、今回は。前回のアルバムは『あ、みんなにも宇宙があるんだな』ってところで終わったんですけど。……ま、(これを作っている間は)きつかったですけどね。悲しいことも多かったし(笑)」
●でも中村君の生き方を考えていくと、自分が他の人と一緒にバンドなんてものをできるなんて、ご自分の中では思わなかったんじゃないですか(笑)。
「おそらくメンバー全員そうですね。だからメンバー全員20歳くらいだったら、たぶん一緒にやってないですね(笑)。僕がやろうって言っても誰かが嫌だって言うかもしんないし、誰かが一緒にやろうって言っても俺が嫌だって言うかもしんないし(笑)。やっぱりそれぞれがちゃんと自分の宇宙ってものを確立した後だからこそ一緒にやれたメンバーだなって思いますね、凄く」
●本当にそうだよね。バンドって最初は何も確立してない者同士で集まって、バンドやってくうちに現実と恐怖にぶつかっていって、その中で何となくバンドが続いてくっていうパターンが多いじゃないですか。でも中村君の場合は違うよね。逆噴射している。
「そうですね(笑)。6人いたら6人の個性の集まりってことなんで、みんなそれぞれで確立してるんですよね。だからその6人が合わさった時の色の配分を、どう自分達の個性にしていけるかっていうのが100sですね」
●『OZ』を聴くと中村君がバンドやってよかったなと思うんですけど、でもそもそも、よくバンドというものをやったよね。
「(笑)。まぁ100sっていうのが一つのレベル・アップだと考えてるんで。やっぱり20歳前後の時に集まってもバンドできなかっただろうって、それは何故かっていうと未熟だったからってことなんで。僕はそう思うんですよね。じゃなければ100sの『OZ』ってアルバムを今このタイミングで作るのは無理だったと思うし(笑)。僕一人でも無理だったでしょうし。バンマスの池ちゃん(池田貴史)一人でも無理だったでしょうね、やっぱり(笑)」
●ソロ名義の『ERA』も『OZ』も、中村君がさっき言ってくれた通り、完全に時空を超えたものがテーマになってるんですけど。であるならば、逆に中村君にとって今というこの現実はどういうものなのか、聞いてみたいんですけど。
「まぁ個人主義の世の中なんですよね。でもその……『金字塔』の頃に僕自身と世の中がリンクしてるなって思ったのは、やっぱり『個人を持たなきゃいけない』というのがテーマとして一つあったんですよね」
●それは集団主義的な考え方の現実世界に向けて、自分が思ったことだったの?
「そうですね。“犬と猫”の詞でも言ってるんですけど、群れっていうものに対して『それでいいんだろうか?』っていう問題提起……っていうか自己問題提起から発生した問題提起があって。で、今はそれがいい方向にも悪しき方向にも働き過ぎて、そっち(個人主義)のアンテナが伸び過ぎている時代だと思うんですよ」
●「個人」じゃなくて「勝手」って言葉に変わってますよね。
「そうです、そうです。そっちは伸ばさなくてよかったのに………。だから自分を知るってことを差し置いて勝手なほうに行っちゃってるんで、『それはちょっと順序が違うんじゃないか、1段飛ばしで行っちゃってないか?』って思うところが凄くあるんでしょうね。犯罪にしても……例えばこの日本って国の方針についても、ぶっちゃけちゃえば今って個人なんですよ。決定権は個人にあるっていうか。だから、個人個人が集まっての社会性っていうものはどこに行っちゃったんだろうなっていうことを、もう1回ちゃんと、自分達が理想とするコミュニティーの中にいながら発していかなきゃいけないと思ったんです。そういうところで、100sっていうのは凄くいい機能を果たしてくれてるんですよね」
●そうなんだよね。だから中村君にとってバンドでやってる、要するに集団の中でやってるっていうことは、今この時代と付き合っている自分にとっては理に適っていることなんだね。
「そうなんですよね。やっぱりお互いの役割、責任っていう中で、一人一人が個人で決定権を持つところもありつつ、それがどれだけコミュニティーとして活動していけるかっていうのが、100sなんでしょうね」
●バンド運営は楽しいですか?
「いや、つらいです」
●(笑)。
「そりゃつらいですよ(笑)」
●その下向いて「つらいですよ」って言うところに凄いリアリティを感じてしまったんですけど(笑)。
「ははははは! でもやっぱりその中で生存していくっていうことが、まずあるんで。僕個人というよりも、テーマに対して全体がどう向かえるかっていうことを常に見てなきゃいけないんで。僕じゃない誰かはまた他の5人のことを凄い見てるだろうし。そういうふうに回ってるんですよね。だから6人がプロデューサーみたいな感じで回ってるバンドなんで、あのー、つらいですよ、やっぱり(笑)。実務的につらいです(笑)」
●なるほどね(笑)。中村一義という1人間としては、バンド活動っていうものは自然に受け入れられるものになりつつあるんですか?
「もう自然ですね。まぁソロでやってようがバンドでやってようが、つらさはあるじゃないですか。でもその分、楽しい一欠片っていうのがそのつらさすべてを上回るんですよね。『OZ』っていうアルバムにしてもそうですけど、出来た時の嬉しさはすべてを乗り越えるので。そのためにやってるっていう感じですね(笑)」
●中村君の音楽って凄く筋が通ってると思うし、デビューした瞬間から今の今まで、ある意味凄く大きな、一貫したテーマに向かってると思うんですよね。ただ中村君自身はその音楽活動の中でいろんなドラマを描いてきたし。本当に一人っきりで一人っきりの部屋から音楽を発し始め、ちょっとだけ世の中に出てこれるようになって。ただ世の中に出てくるためには援軍が必要で、そこでバンドが生まれて。そしてそのバンドで音楽をやってくかどうかという葛藤もありながら、結局バンドと一緒にここまでの凄く充実した作品を作り上げて「個の中の群れ」も「群れの中の個」も見えてきた。そういういろんな葛藤とドラマがあったと思うんですけど、それは中村君を強くしたんですか?
「強く?……うーん……やっぱり成長はしてるなと思いますね。もうかれこれ8年くらいやってるんですけど、この業界で頑張ってる他の人達の活動セオリーとも全く違うし」
●全く違うよね。
「はい(笑)。もう常軌を逸してるくらい凄いイレギュラーなんですけどねぇ(笑)。でもやってる以上はこういうのもありなんだな、と思うし。前例がないっていうのはあるんですけどね」
●中村君の場合さ、活動ペースとしては本当にたまにしか世の中に出てこないんだけど、たまに出てきた瞬間にはやたらはっちゃけて、やたらいろんなものをズワーッと落とし込んでいって(笑)。なんか東京にいきなりイグアスの滝みたいなもんを持ち込んでどわっと落として帰っちゃうみたいな。
「『マイナス・イオンって言ってみて!』みたいな、それで自分はさっと森に帰るみたいな(笑)」
●そうそうそう(笑)。ほんと、そういう活動形態ですよね。
「逆に言うとそれだから2年に1回とかっていうペースでもやって来れたのかなと思うんですけど(笑)。だから自分のアーティストとしての質と活動ペースっていうのが上手く噛み合ってよかったなと思うんですけどねえ(笑)。イレギュラーで丁度よかったんだなと思いますね。常にこんなことばっか言ってると、そういう団体だと思われちゃうし(笑)。やっぱりそれが僕の生活にとって自然なんだよ、凄くカジュアルなんだよっていうことを言いたいがために出てきてるんで……自分があんまり特異なこと言ってるとは思わないし(笑)。ただ本来のことを言い続けていられればそれでいいかな、と思うんですね。そこをどう強く言えるかっていうところですね」
●なるほどね。中村君の中で曲をイメージしてる瞬間っていうのはどういう感じなんですか? どういう作業の中から音楽が生まれてくるんですか?
「うーん……どこからなんでしょうね。……やっぱり伝えたいって気持ちがすっごいあるんじゃないですかね。だからそこに対しての妄想もあるだろうし目的意識も予言も全部あると思うんですけど。何だろうな……やっぱり人がギリギリ好きなんですよ、たぶん」
●また微妙な言い方だなぁ(笑)。
「(笑)。51対49くらいの割合で人のことが好きなんでしょうね、きっと」
●そこに灰色はないんだろうね。だから51の白と49の黒とみたいな。
「そうなんです! 本当に極端なんですよ!! あの、昨日僕、回転寿司に行ったんですけど(笑)、120円の皿が5で500円の皿が4とかなんですよ」
●はははははははは!
「これは本っ当に性格を表わしてるなぁと思って」
●240円の皿も320円の皿もないんだ(笑)。
「ないんです、本っ当にハイかロウで。まさにこれぞ俺の音楽表現!って思って(笑)。だから120円の皿がちょっと多い分だけ大衆的なんですよね、人が好きっていう(笑)。俺、やっと自分の表現を目で見たって思って帰ってきたんですけど。ははははは!」
●回転寿司の皿を見て自分を省みる人はなかなかいないからね(笑)。僕みたいに50皿くらい積み上がった皿を見て「俺って何なんだろうな」と思う人はいるかもしんないけどさ(笑)。
「ははは! ただ、そういうところで具体性を見たって思ってる段階でもう妄想入ってるじゃないですか」
●そうそうそう、かなりヤバい。
「客観性もありつつ、そういう目で見ちゃうところもありつつという、だからやっぱりどこか破綻した人間なんですよね(笑)。そこの妄想と客観も白と黒なんでしょうね。だから突き詰めれば突き詰めるほど、白か黒かの人間なんですよね」
●やっぱり1秒1秒自分の中で白黒はっきりさせていく人生を歩んでる感じなんだろうね。
「そうですね。それだけ自分にとってマイナスって思う出来事も多かったし、プラスって思う出来事も多かったし。僕、凄く面白い人生を送らせてもらってるなと思うんで。実践主義なところは凄い実践主義だし、実践するまでの準備期間ってものも相当要るしっていう極端さですね」
●中村一義の音楽って絶対妥協しないじゃない。
「妥協しないですね」
●妥協しないんだけど、だけどそれが伝わるってことを、絶対にあなたは諦めないよね。
「そうですね、しつこいです(笑)」
●例えば「中村君、あなたの音楽はテーマが大き過ぎますよ。“光”とか“太陽”とか言わないで、もっと“あなた”とか“東京”って言葉を使って、そして“コンビニエンス・ストアー”って言葉を使って、音楽を作ってみようよ」って言われても絶対にやらないよね。
「絶対やらないです。逆に『じゃあもっと大きくしてやろう』って思いますね(笑)」
●それは反骨心から言ってるんじゃなくて、この大きなテーマの中に真実があるってことが絶対に伝わるっていう信念があるからですよね。
「そうですね。やっぱり自分がこうあって欲しい、自分自身でさえこうありたいって思う世界があるからだと思うんですよね」
●で、何かを信用してるよね。僕はそれが中村一義の音楽を大衆音楽に、ポップが宿る音楽にしている最大の理由な気がするんだよね。これだけ怒って抗っていても、でも根底にあるのは信頼とか愛だと思うんですよ。それは何なのかね?
「それはやっぱり自分が極限のマイナスだった時に、本当にそれを欲したからだったりとか。そういう自分がすり切れた時に何が残ったかっていうものを凄く信じてるんですね、僕は。例えば自分が凄く上手く行ってる時に、何があると上手く行かないのかってところを見ちゃうタチなんで。そこを見ないと真理というか、起こった出来事を把握できた気にならないんですよ。それがもっと大きい話になってくると、地上であり空でありっていう話になっちゃうんですよね。『地上があるから歩けるんだ』ってとこまで行っちゃうんですよ。やっぱり過去のいろんなことがあるから僕らは今生きていられるんだ、いろんな犠牲の上に僕らは立ってるんだ、成功の上に僕らは立ってるんだっていうような考え方になってきちゃうんですよねぇ」
●そうなんですよね。それを僕みたいな陳腐な人間が言うと「どんなにつらいことがあっても太陽が光ってるよ」とか「明日になればまた光が照らされるんだよ」みたいなどうしようもない言葉にしかならないんだけど、中村一義はそれを素晴らしい音楽にすることができますよね。
「まぁ素晴らしいかどうかはわからないけど、しつこいと思います、かなり(笑)。頑固だし。これしかできないですからねぇ、やっぱり。……そう、これしかできないんですよ!(笑)。他ができないんで、表現で自分の極限をどう伝えるかって言ったら、これしかできないんですよね。だから変なお世辞を具体性をもって言うこともできないし、シチュエーション説明も苦手だし。もう本当に……ウザイんです、それが僕にとっては(笑)」
●ははははは!
「凄くウザイんですよ(笑)。かといって音楽はそうではないんですよ。音楽性の質はもっと違うんですけどね。例えば“Honeycom.ware”みたいな音楽性の上にああいう言葉が載るから、言葉の魅力が、伝えたいことがもっと伝わるんじゃないかと思うわけであって。そのバランス感覚なんですよね」
●なるほどね。僕は中村君の音楽がバンドになったっていうのは凄く必然だと思うし、これだけ多くのリスナーがいるっていうのも必然だと思うのね。それは「一緒に行こうよ」っていうエネルギーみたいなものが、あなたの音楽から発せられてるからだと思うんですよ。やっぱり音楽をやることによってだけ、あなたはそれを言えるんだろうね。
「そうなんです、だから本当に不器用なんですよね。やっぱり世界を見渡せばU2のボノみたいな人がいて、自分なんてまだまだだなって思うし。でもそういうふうに生きていけるんだとも思うし、それ以上の世界を見れるんだっていう可能性もあるし。だからまぁいいのかな、と思いながら生きてますね(笑)」
●ボノにはどういう共感を抱くんですか?
「あの人も言ってみれば凄い不器用じゃないですか。だからジョン・レノン然りトム・ヨーク然り、そういうある種の極端さを持っているからこそ振り切った言葉が言えるんだと思うし、それを体現できるんだと思うし。だからそういうのが天然として僕にもあるんだとすれば、それは凄く喜ばしいことじゃないかと思いつつやってますね」
●何故素晴らしい音楽は、痛みというものを強く表わしながら、それを温かいものとして鳴らすことができるんでしょうね。なんで中村君の音楽はそれができるの?
「うーん…………最後に自分一人になった時にも、自分がそれを欲するからだと思うんですよね。で、なんで自分一人なのかってことを凄く考えるからだと思うんですよね。そこで『自分一人しかいないんだからこうしよう』じゃなくて、そこで誰か伝える人がいないかって探すと思うんですよね、僕は。たぶんそこを欲する温かいものが……温かいものを持ち得るのが当然だと思ってるんですよ、どこかで(笑)。でも現実はそうじゃないから、むしろその逆が現実だから。人間がふと油断するとしてしまう行為っていうのもその逆を作り出す行為だから。……だからきっと、人間がなんで人間なのかっていうところにもっと自覚的になってもいいんじゃないか、っていうところに達しちゃう人間だからだと思うんですよ、僕が」
●その命題にぶち当たった時に、中村一義という人は人間が作り出したこの世界みたいな凄く俗っぽいものを見つめながら、同時に人間を作り出してくれた太陽だとか地上だとか光だとかいうものも見つめるよね。その二つをあなたは同格に見ることができるよね。
「そうです、そこを同格に見て欲しいんです、僕は! それが言いたいだけなんですよ。それで『OZ』を作ったっていうだけの話なんですけどね。……だから唯物論とか唯心論とか言うじゃないですか。でもそんなものはないんだというか、そこまで行って欲しいっていうのが、僕の人間に対する欲求なんですよね。……ちょっと難しい話になっちゃうんですけど(笑)」
●いや、本当にそうですよね。だから音楽が自由であるんだったら、それを歌えるだろうっていう。
「そう、どこまで自由か、じゃあやってみよう!っていう」
●そうだよね。厳しい物言いになってしまうけど、音楽が自由であるってことを証明するのは音楽家の仕事だと思うんだよね。
「そうなんですよ。でも今そうじゃないところに音楽は機能し過ぎてるんで。その中にそういうメッセージを込めた曲もたくさんあるんですけど。でもそこで、その曲がどんな服を着てるかというこだわりを1回捨てて、そこの命題にちゃんと立ち向かっていける姿勢や音楽性を提示できないかなと思ってですね。だから『OZ』に関しては過度なSE音っていうか装飾音を入れることは避けたし。その骨自体がどう違ってるのかっていうのを見せないとマズいと思って作ってたんで」
●どんな服着せるかじゃないんだよね。
「はい。どんな身体をしてるか、どんな骨をしてるか、そしてその異形さ。それでも生命ってものをちゃんと受け取れるかっていうところまで感じてもらえるかってところなんですよね」
●僕はまさにこれが大衆音楽であればいいなと思う。何故ならこれこそが人間のための音楽だから。
「ああ、そうっすね……。だから『どう受け止められなければならない』っていうところまでは考えないんですけど、でも発さないと受け止められないんで、まず発しようかなと思って作ったんですよね」
●中村君はこうやって音楽を作り出して世の中に届けていく以前は、自分の中で繰り返される由なしごとっていうことも、世の中で起こっていることっていうのも、どちらも対象化できてなかったと思うんですね。
「うん、そうですそうです(笑)」
●それを、音楽を届けることによって、すべてやり始めているわけじゃないですか。何か自分の中で結論に近づいているような実感であるとか、人生っていう過程の中で見つけてきた答えみたいなものはあるんですか。
「ああ、ありますね。でもそれは、表現そのものに繋がってるんですけどね。……今まで歌っててきたようなことっていうのが、残ったものというか」
●そういう意味で言うと、一番最初のアルバムを『金字塔』って名前にしたっていうのも凄いことだよね。
「そうですね。でもあそこで獲得できたものからすべては始まってると思いますけどね」
●自分という旗をこの地に差したってことだからね。
「あの時点では、大袈裟なって受け取られたかもしれないけど(笑)、『金字塔』っていうタイトルつけたのは8年経った今でも間違ってなかったと思うし。あれはあれでよかったなと思ってるし誇りに思ってるし、まぁ拙いところもあったしと思ってる(笑)……っていう感じですね」
●わかりました。中村君って「自分が歳とった」って感じることってあるんですか?
「ないです!……ははははは」
●っていうかさぁ、本当に歳とらないよね。何年も前からお会いしている僕もそう思うし、リスナーもみんなそう思ってると思うんですよ。それは何故かと言うとね、あなたの歌声が異常に歳をとらないんだよね(笑)。
「ああ、そうですね。高いし(笑)」
●あとハリもあるし。で、もの凄く目の醒めた、目を見開いた素直な子供の叫びのように聞こえる瞬間がたくさんあって。それは『OZ』の中でも随所で聞こえてくるのね。本当に歳とらねえなぁって思ったんだけど。
「ずっと幼児のままなのかもしんないですね(笑)。そこに対してもどう頑固でいられるかみたいな人生を送ってきたのかもしんないですけどね。僕、自分が子供の頃に描いた絵とか曲が一番好きなんですよ。なんか、他の影響が全くないし。信じられるんですよ、自分のコアとして。だからそれとの闘いなんですよね、日々」
●厳しい闘いだね。自分が一番最初に発した一言、一番最初に紙に残してしまった絵みたいなものを絶えず鏡にしていくっていうのは、最も厳しい闘いだと思うんですけど。
「厳しいっす(笑)。もちろん表現性とかそういう意味では比べ物にならないくらい成長してるんですけど、でもパッションですよね。インパクトというか」
●イノセンスですよね。
「そことの闘いはありますよね、やっぱり。他の人の作品を見てもそこを見ちゃいますからね。どれだけのイノセンスとパッションがあって、それと自分が対峙できるかっていうのを凄く考えるんで」
●凄いなぁと思う、本当に。中村君が世捨て人になってて、生きてくことに対して疲れない生活をしてるんだったらまぁそれはそれだと思うんだけど、中村君は十分疲れてるし(笑)。音楽を作るためにも疲れてるし、この時代の中に自分の印をつけることにも十分疲れてると思うし、でも、歳をとらないんだよね。なんか大友克洋の漫画のキャラクターみたいな感じがするんだよね、『童夢』みたいな(笑)。
「ああ(笑)。まあ外見はいくら歳をとってもいいんですけどね。心は歳をとらないほうがいいのかなと。その日その日をちゃんと確認しつつも変わらない部分を持っていけたらなと思いますけどね」
●そうですね。だから中村君が音楽を作る理由っていうのは決してなくならないんですよね。
「なくならないと思いますね。その時々の自分がいて世の中がある限り、たぶん方向性は変わらないし。死ぬまで答えはないような気がする」
●そうですね。僕は中村君は1回1回音楽を発明してくれてると思ってるんですけど、そのスタンスも自分を貫くことによって変わらずにできるんですよね。
「そうですね。僕、隠遁時代(笑)に、いろんなものと契りを交わしたんですよ。まずベートーベンとの契りがあって。彼は第何番、第何番って積み重ねるごとに、毎回発明をしてるんですよね。だから『そうじゃないと音楽やったってしょうがないよ』って言われてるような気がして。それで僕はベートーベンと、常に発明をしないとダメなんだっていう契りを交わしたんで。そこに対しては自分に課してる部分がありますね。昨日の自分もやってないし、これまでの人達もやってないことが何か一つくらいは入ってないと、なんかこう、お聴かせできないですよね(笑)。人前に出せないというか」
●ベートーベンの音楽って絶えずその中にたくさんの人がいるような音楽で、だからこそあれだけ多くの人が『第九』を歌うんだろうし。それってつまり、彼自身の中に音楽、発明、そしてその横に日常、生活っていう言葉も絶えず置かれていたんじゃないかという気がするんですよね。
「そうですね、大衆性っていうことを凄く重んじた人でしたからね。あとやっぱり、手塚治虫さんとの契りもあるんですよ。彼は俗っていうものと自分の表現性っていうものをどう繋いでいけるかっていう、そこでどう最大限の表現ができるかっていうことに挑んでいた人で。まぁ当時の漫画って非常に低俗なものとされていたわけなんですけど、そこでどう自分を出していけるかってことをやっていた。それと同じように僕は今音楽をやってるんですよね。だから決して芸術品にはなって欲しくないと思うし、今は1枚のCDってものに収まってCDショップで売られたりしているわけですけど、そういう形態はすごく重要ですね」
●じゃあ、またいろいろ作っていってくれると思うんですけど。
「そうですね(笑)」
●とりあえず2、3ヶ月何にも考えたくないんでしょ?
「いやー、まぁ4、5年は(笑)」
●4、5年と来たぞー!(笑)。聴いてる人はみんなブーイングしてますよ、絶対。とりあえず俺はする(笑)。『OZ』が素晴らしいっていうことと、ここから4、5年中村君からの発明が聴くことができないってことは、話が全く別ですからね。
「まぁ、でも発明だから、難しいんだよな〜(笑)」
●でもこの『OZ』っていう作品は、中村君が100sという仲間を求めようと思った瞬間からの『金字塔』だと思うんだよね。
「そうですね。あれからほぼ10年くらい経ってるわけだし、リリースしたのは8年前ですけどね。だからこういうのって10年おきに来るのかもしれないとも思うし。そしたらやっぱり最大限やらないとダメだし……っていう感じですね」
●だからまぁそれに敬意を表して、2、3ヶ月は回転寿司屋で皿でも眺めながら由なしごとを考えてもらっててもいいんで(笑)、4、5ヶ月後くらいにはまた何か作ってください!
「はい(笑)。とりあえずツアーがあるんで、それを頑張りたいと思います」
●またいろいろ解き放ってください。付き合ってくれてありがとうございました。
「はい。ありがとうございました」★

*中村一義にとってロックとは?
僕にとってロックとは、自分自身ですね。

Last Update : 2005年01月28日 (金) 21:46

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