鹿野 淳(しかの あつし)

 

1964 年東京生まれ。
明治大学卒業後、 89 年に扶桑社入社。
翌 90 年、株式会社ロッキング・オンに入社し、邦楽専門誌『rockin'on JAPAN 』に配属、 94 年に同誌副編集長に就任。
97 年から洋楽専門誌『rockin'on 』、『BUZZ 』の 2 誌で副編集長を務めた後、 98 年に洋楽/邦楽の枠を超える「音楽」専門誌『BUZZ 』編集長に就任。当時は完全にアンダーグラウンドな存在であったテクノをロックと同等に取り上げ、日本におけるダンス・ミュージック・シーン形成の一翼を担う。また、クラブ・イベント「BUZZ NIGHT 」(第1回のゲストは FATBOY SLIM ことノーマン・クック)の立ち上げや、責任監修によるコンピレーション CD 『BUZZ MIX 1 GO ! 』『〜 2 GO ! 』『〜 3 GO ! 』『〜 4 GO ! 』『ELECTRONIC BUZZ 』の発売など、音楽メディアとして誌面だけにとどまらない多角的な活動を展開、多くの音楽リスナーからの支持と信頼を獲得する。

00 年、『rockin'on JAPAN 』の編集長に就任。 Mr.Children や L'Arc-en-Ciel 、宇多田ヒカルらを表紙に、よりマスなマーケットを狙った拡大戦略を仕掛ける一方で、デビューまもない時期の BUMP OF CHICKEN やレミオロメンらも積極的に表紙に起用、また、02 年からの 1 年間は刊行ペースをそれまでの月刊から月 2 回にアップするというトライアルも敢行するなど、音楽性/商業性の両面において攻撃的な雑誌作りを展開。加えて NHK BS の音楽番組『真夜中の王国』(00 年〜 04 年)や J-WAVE のプログラム『東京コンシェルジュ』(01 年〜)等、複数のメディアにコメンテーターとしてレギュラー出演、さらにコンピレーション CD 『ROCK AND ROLL JAPAN 』の監修など、多角的な活動を通して邦楽シーンとディープな関係を構築した。

イベント面では、『rockin'on JAPAN 』編集長就任と同時に新宿リキッドルームにてライヴ・イベント「LIVE JAPAN 」を開始、その後 02 年には規模を拡大した形でのイベント「JAPAN CIRCUIT 」へと発展させた。また、今や国内最大規模のロック・フェスとなった「ROCK IN JAPAN FES. 」に立ち上げメンバーとして、構想段階から関わり、00 年の第 1 回から 03 年の第 4 回まで企画/オーガナイズ/ブッキングに尽力。さらに、03 年には国内初のカウントダウン・ロック・フェスティバル「COUNTDOWN JAPAN 03/04 」を立ち上げ、主要メンバーとして幕張メッセにおける空前の規模での屋内フェスを成功に導いた。

04 年ロッキング・オン退社、同時に有限会社 FACT 設立(現在は株式会社)。
ロック・エディターとして様々なアーティストへの取材/原稿執筆はもちろん、テレビ/ラジオ番組への出演、アーティストの制作/プロモーション面におけるスーパーバイザー等々、多岐にわたる活動を展開。 04 年には BUMP OF CHICKEN のオフィシャル・ブック、 05 年には MAD CAPSULE MARKETS のオフィシャル・マガジン『 MAD 』、 L'Arc-en-Ciel のオフィシャル・ブック『 WORDS 』を編集/執筆。また、 05 年 2 月からリキッドルームとタッグを組んだライヴ& DJ パーティー「 HOLIDAY INN BLACK 」および「 black sun 」を定期的にオーガナイズ。くるり/ 岸田繁や BOOM BOOM SATELLITES から rei harakami 、 Fantastic Plastic Machine に至るまで、多彩なブッキング力と「都会のプチフェス」のコンセプトによる本パーティーは毎回ソールドアウトに。

06 年 1 月に編集長としてライフ・スタイル・マガジンとしての新たな月刊サッカー雑誌『 STAR soccer 』を創刊。ワールドカップ独大会の際にはリキッドルームと共にパブリック・ビューイング+ DJ パーティーを主催/オーガナイズした。また、 04 年 10 月〜 05 年 9 月、および 06 年 4 月〜現在に至るまで TOKYO FM にてロック・プログラム『 discord 』(毎週日曜 22 時〜 22 時 55 分)のパーソナリティを務めるほか、 SPACE SHOWER TV のオピニオン&チャート番組『チャート★コバーン』( 06 年 4 月〜毎週金曜日 18 時 30 分〜 20 時/生放送)に VJ として出演中。