Day 6
June 27, 2004
朝からポルトへ移動である。ポルトへは「ポルトガルの新幹線」と言われるALFAという特急列車に乗っていくのだ。リスボンへ入った初日に、既にチケットは予約しておいた。駅でたどたどしく「ホームはどこ?」と訊く。あー、ここ、英語が通じるなあ。嬉しいなあ。僕と同じように、母国語ではない英語だからしてお互いに同じレベルで頑張って話すのだ。その共闘感覚が理解を生むのだ。でもちょっとおかしい。新幹線と言われているALFAは、リスボンからポルトまで3時間で運んでくれる。さぞかしそれって速いんだろうなあと思ったら、車だと3時間半だと言う。………はあ? 大して変わらないじゃん。本当にびゅって走るのか? と考えていたら、ALFAの駅に向かう列車に乗り遅れてしまった。このままでは予約列車に乗れない。泣く泣くタクシーに乗った。この旅は夜中以外NOタクシーで行こうと決めていたが、アルファに乗れないとポルトに行けない試合が観られない。それはないだろう。だから乗った。タクシー速かったなあ。メーター見たら、170キロ出していた。出さないだろう、日本のタクシーは。人乗せて出すスピードじゃないだろう。でも軽々出していた。ラテンの血はスピードをも手玉に取るのか?
だからしてアルファの発射にらくらく間に合った。うー、遅い。大抵の時間、タクシーの170キロに遠く及ばない140キロ台だった。どこが新幹線だ、タクシーこそ新幹線だろが。おまけに線路の上の横揺れが激しい。すぐに酔った。僕は自分がハンドル握る車以外、大抵の乗り物で酔う。吐く。だから食べる―――ここでは関係ない話だ。新幹線も横揺れがいつもキツい。特にのぞみに乗ると、線路の溶接などが本当にこのスピードと上手く付き合っているのか? と心の底から不安になる。新幹線でまともなレールと車両のハーモニーが聴こえるのは、上越新幹線だけだ。あれは田中角栄が田中角栄の地元の営利団体の事業拡大および栄華を見せつけるためだけに作った路線だ。だからしてレールの剛性も非常に高い。間違いなく田中角栄も酔い性だったのだろう。吐いたのだろう、だから喰ったのだろう。
ポルトという街はリスボンに次ぐ第2の都市で、この国の発祥地だ。現在は商業工業の中心地と言われている。イングランドにたとえると、マンチェスターということになる。だからなのか、街はリスボンより若くてモダンで通りにはDJヘル(ジャーマン・テクノが誇る伊達男DJ)の「サッカー・パーティー」なんていうポスターが貼られている。その横には勿論、「顔面は左側からしか撮っちゃイヤよ」なフリオ・イグレシアスのコンサート・ポスター。
だいぶ迷って歩き疲れてようやくホテルを見つけた。中へ入ると、誰もいない。フロントで何回もベルを押すと、奥からヒステリックな叫び声が聞こえる。誰か刺されたのか? 違った。「うるせえ、そこで静かに待ってろ、ボケ」といった感じのババアの叫び。出てきたのはオカルト映画の予告編で目をひんむいて襲いかかるゾンビみたいな(僕はオカルトを観られないので、予告編でしか知らない)ババアで、ゾンビだからこそ僕が予約したことなんか知る筈もなく、「なんだおめえ、そんな名前入ってないわよ、帰れ帰れ」と追い出そうとする。英語で反論するが、全く聞く耳持っていない。本当に追い出されてしまった。緊急事態である。ローマの知人に連絡をし、その方の知り合いのマドリッドの方に仲裁に入ってもらう。もう一回、ホテルへ行く。相変わらず叫ぶゾンビは「これだろ、お前の名は、しっかり見ろ、ボケっ」と紙を指差す。そこにはSHIKANO ATSUSHIのATSUだけが合っているわけのわからないゾンビのような名前が書いてあった。そうか、俺はこんな名前だったのか、母さん。怒りを抑えて部屋に入り、2分後に外に出た。たくさんだ、こんなことは。
気分晴らしにパフェを喰いながら、ポルト・ワインを呑む。ポルト・ワインの街、ポルトの本場もんは本当に美味しい。味というか、ワインを呑む雰囲気が出来上がっている。マンチェスターに行くと、ビールを呑む雰囲気の完成度の高さゆえに思わず誰もがオアシスの“シャンぺン・スーパーノヴァ”を高らかに歌い上げてしまう。誰もが。それと似ている。ぐいぐいイケる。周りを見るとデンマーク人ばかりだ。今日はチェコvsデンマーク戦。両国とも赤がチーム・カラーなので混ざり合っていると思ったが、川沿いのメイン酒呑み通りは、完全にデンマークが牛耳っている。チェコよりふた回り体がデカい。そしてワル、だ。よほど何か関係がない限り、僕らはデンマークやデンマーク人が如何なるものなのかよくわからない。デンマーク人、それは不良である。街を歩きながら罪もないおばあちゃんを突然集団で囲んで「デンマーク!でんまーく!!」と叫び煽るような奴らばかしだ。しかもそこに悪意が全くない。出来の悪い小学生の苛めっ子のまんま、大人になった生き物、それがデンマーク人。……これ、ウソじゃない。本当にタチが悪い。フーリガンってこいつらだろ、って感じだ。女も愛想を尽かしているのだろう、他の国に比べて圧倒的に女性が少ない。その悪の集団が列を成してスタジアムへ向かう、その後ろで金魚のフンのように着いて行く男がひとり。勿論、僕だ。
地球の歩き方には記されていなかったが、地下鉄が走っていた。終点がドラゴン・スタジアム(今年のチャンピオンズ・リーグで誰も予想もしなかった快進撃でチャンピオンになってしまったFCポルト――ポルトガル代表のデコがいるチームだ――のホーム・スタジアム。勿論この大会のために改築された)だった。この地下鉄、どこもかしこもコンクリートの打ちっ放し。ドラゴン・スタジアムも打ちっ放し。…………明らかに間に合わなかった感じがする。デザインじゃない、間に合わなかったのだ。その打ちっ放しのスタジアムに駅から歩く途中には、ダンス・フェスのポスターがフリオ・イグレシアスとミュージカル『マイ・フェア・レディー』のポスターの間に挟まれていた。メイン・アクトはケミカル・ブラザーズのライヴだった。そうか、これはフジ・ロック・フェスティバルなんだな。
スタジアムの外では今日もビール屋が大量出店。カールスバーグも元気に本物ビール(アルコール入りってことね)を売りまくっている。えーと、たしかにスタジアムの中はアルコール禁止だからノン・アルコール・ビール売ってますよね。でもそれって酔って暴れ出す人を防止するためですよね。えーと、ということはスタジアムの入り口で頑張ってアルコール売りまくったら、結局は酔っぱらうんじゃないですか? 中か外かの違いだけで、結局はみんな中に入ってガンガン酔っぱらうんじゃないですか? オフィシャル・スポンサーさん、実は凄えことしてますよね。えー、そうです。僕はそれを知って、とても晴れ晴れしい気持ちになった。うん、それでいいんだよ。最高だ。
いい感じで中に入った。今日は唯一、カテゴリー3という一番安い席。番号に導かれると、どんどんピッチに近付いて行く。ボール・ボーイをやれという席か。いや、実際にそうだった。席に着くといきなりウォーミング・アップ中の選手の蹴ったボールがドガッと飛んできた。―――凄い席だ。前から4列目、ゴールの真裏だ。たしかに横から観る席と違ってゲームを俯瞰では観られないが、凄まじいライヴ感がある。こんな席、6、7年前にロンドンのハイバリーでアーセナルvsアストンビラ戦を2列目で観て以来だ。興奮する。ほぼ、選手と同じ目線。ひとりだけ違う目線がいる。チェコのフォワード、コラーだ。2メートルらしい。サッカー選手で2メートルって凄い。さらに凄いのは動きが細かいこと。ガリバーが知恵の輪やっているようにデカくチマチマ技を駆使している。凄いなあ、ポルトガル来る直前に埼玉スーパー・アリーナで観た人みたいだなあ。名前はジャイアント・シルバって言っていたなあ。そう、小川と闘ったあの大巨人だ。あれみたい、コラー。わけがわからん。携帯が鳴る。浜崎貴司だ。今日のゲームは浜ちゃんも観ているのだ。僕がゴール裏にいると言って手を振ると、すぐに見つけてくれた。気に入った、カテゴリー3。ゲームが始まった。
チェコの圧勝だった。横綱相撲だった。横綱相撲という言葉の意味をデンマーク人に伝えて虐めたくなるほどのチェコ快心の勝利だった。この試合でチェコは一気に優勝候補のトップに躍り出た。しかし、あのネドベドも、そしてジャイアント・シルバも、似合わないほど狂喜して、裸になってサポーターと喜び合った。今のチェコは凄まじく強力だが、でもチェコという国自体はここまで国際舞台でめざましい結果を残していない。だからこそ、下馬評関係なく一歩一歩勝ち上がるダイナミズムとオルガズムに震え喜ぶのだ。いい景色だった。ワルの巣窟、デンマークが寂しそうに帰って行くのもいい気味――ではなく、可哀相だった。0点もらって泣きながら家へ帰るガキそのものだった。可愛いんだな、デンマーク。
夜は、昼間デンマーク人で溢れていたエリアがチェコ人の打ち上げ場所に。勝ち負けがすべてを塗り替える、それが逆に気持ちいい。負けた国の人達も、だから次の勝利に貪欲に迎えるのだろう。とても共感する。だから呑んだ。呑んで呑んで、チェコの人達がなごやかに盛り上がっている中で、ずっと呑んで喰って楽しんだ。だって、ホテルに帰りたくなかったんだもん。