Day 10
July 1, 2004
最後の日だ。でも寒い。というか風が強い。最初の日と最後の日だけがカラッとしなかった。それだけ天気にはめぐまれていたのだろう、と考えることにする。まずは昨日の狂気と歓喜の広場に行こうと思い、列車に乗った。駅で降りる時、昨日のスタジアムで隣の隣だった男性に偶然出くわした。でもちょっと驚いた。僕は殆んど昨日と同じ格好。でもアムステルダムからやってきたオランダ人の彼は、ビシッとスーツでキメていたのだ。何でだ? 彼がオランダのサポーターとして来ポしたのに会社が便乗して、リスボンでの仕事を命じられたらしい。つまり出張だ。よく考えれば、全然ありな話だ。自分もロッキング・オン・ジャパンで密着レポートするために地方に行きながら、ロック・イン・ジャパン・フェスのブッキングをそこで同時にやったりしていたものな。それとは違うか。あ、ロンドンに遊びに行って、そのままBUZZでのレイヴ・レポートしたり、取材したりしていたもんな。アンダーワールドのカール・ハイド氏との初めての取材もそれだった。遊びついでにまだあの時は小さかったアート集団:TOMATOのオフィスで会話をしたのだった。スーツ・サポーターは颯爽とオフィス街にはじけていった。ただのアホなサポーターだと思っていたが、今日は凄く仕事が出来そうな奴に見えた。カッコいいぜ。
最後だからして、今日は食べて食べてまだまだ食べて食べまくろうと決めていた。唯一の観光は、最後にとっておいた「クリスト・レイ」だけ。ブラジルのリオの山の上から両手を広げて街を見下ろす巨大キリスト像を知っているだろうか? あれを真似したものがリスボンにもあるのだ。それを見に行った。そしてキリストの足元まで登った。一瞬、キリスト教徒になってみようかと思うほど、ショッキングな感動を覚えた。巨大なキリストが手を広げて山の上にそびえている。このまま壊れたら、凄いパニックが起こるだろうな。それほど暴力的な存在感を示していたのだ。キリスト教特有の押し付けがましい寛容主義。あれが形になるとあんな暴力的な自由の象徴となるのだ。けなしているように読めるんだろうな、僕にとってはそれは最高にアナーキーでイカしていたんだが。
だから食べて食べて喰らい尽くすのだった。そんなテンションだから、今日の空耳は、かなりイルな感じだ。まずは4歳ほどの子供から「情報がないって」と言われた。そして列車の中ではカップルの女性が「ケツメイシが五反田から8時まで」と言っていたのだ。………言っていたのだ、ポルトガルの人が。……………絶対にそう言っていた。頼むから誰か、解明してくれないか? 鼻の形が似ているから声の抜けが同じだとか? このままでは僕は―――あぁ。
食べて食べて食べて喰らい尽くすのだったな。順番に書き並べよう。ホテル朝メシ→マグナム・アイス(これ、ヨーロッパでは何処でも食べれるメジャー棒アイス。バニラ・アイスにチョコがコーティングされているクラシックってのと、マンゴーがコーティングされているソレイロってやつがお薦め。日本でのガリガリくんのような伝統&大衆アイスだが、コーティングされたチョコが崩れて食いにくくて、ちょっとテクニックがいる。チョコを噛むように横に口を開いて食べるといいのだ。デイリー・クイーンのソフトクリーム知ってるか? トッピングでチョコがコーティング出来るじゃん、最高に美味しくて大好きだが、上手く喰わないとチョコこぼれるし、中のソフトもすぐに溶けるし、あれを食べる時は何かと慌しい。あの感じに近い)を2個→エッグ・タルトを2個と牛乳2杯→干しダラのコロッケ4個→タコのリゾット→イワシ焼き→海老のオムレツ→ミックス・サラダ→ミックス・トースト→エスプレッソ2杯→アサリと豚肉とコリアンダーと揚げたイモをレモンとオリーヴオイルで炒めたもの(美味いぞ! 伝統食らしい)→サングリア1ボトル→海老のグリル→スズキ焼き→サングリア→ビール1パイン→マンゴーのタルト→ミルク紅茶→干しダラのコロッケ8個→ラム・チョップ・ステーキ→サングリアのハーフ・ボトル→ビール3パイン→アンコウのリゾット→エスプレッソ→サングリア――――以上。う〜ん、我ながらうっとりするわ。最後は、こっちに来てから初めて食べた店(正確には、最初に2軒ハシゴした2軒目なのだが)で、同じアンコウのリゾットを食べた。もう鮮烈さも驚きもなかった。でも最高に美味しかった。そんな自分の感触が嬉しかった。ポルトガルの御飯はたくさん流し込める人当たりのいい気さくなものばかりだった。とても仲良くなれた。アサリや海老を食べたのは、カスカイスというエストリルの先にあるビーチの店で、チェコvsギリシャ戦を観ながら食べたので、店がとても混んでいた。ので、ドイツ人の老人夫婦2組と相席させてもらった。僕に話し掛けるのに、いちいち「フレンズ」と言ってくれる素敵なご老人達は、料理が来ると人が変わったかのように野性味溢れる食べ方をしていて、ソースの1滴も残さずねこそぎパンで皿をこすって一気に食べまくっていた。そして食べ終わると再びおっとりと「よう、フレンズ」。これだ。目指すのはこれだ。60過ぎて、あれだけ食べることに貪欲になっている人は、本当に尊敬に値する尊厳に満ちた人だ。思いっきり生きまくっている証拠だ。自分もあーなりたい。いつ喰えなくなるか、時々不安になるが、どーか自分もあーなりたい。あーいう風に食べ続けられる生き方を選びたいし、続けたい。
テレビで観たチェコVSギリシャ戦は驚愕のエンディングを迎えた。サヨナラ・ゴールが決まった瞬間、店の中は大騒ぎ、というか大喜びだった。地元民が多い店だった。つまり、ポルトガル人の多くはギリシャを応援していたらしいのだ。多くの理由が挙げられる。まずは、チェコが相手よりギリシャのほうが優勝が近いということ。そして、ユーロ開催国として、この夏のオリンピック開催国にエールを送っていること。何より、お互いにサッカーとしてはヨーロッパの中では中の上のあまり冴えない存在であり、EU加盟国の中で常に最も貧しい国を争っている共闘感覚があること。ユーロは今のところ、大どんでん返しが続き、誰もが予想しなかった展開のままフィナーレを迎えることになった。しかし、大事なのはそのどんでん返しの果てに生まれた「中身」だ。結果的に今年のユーロは最高の大会となった。この大会、そして今年に、国の尊厳を賭けた復興を目指している弱小国がその意志を支えに勝ち残ったからだ。
サッカーはスポーツだが、ただのスポーツではない。ロックが音楽でありながらただの音楽ではなく、生き方や思考そのものを表わすのと同じだ。サッカーは運命をボールに託し、そのボールが運命の弧を描くスポーツだ。だから興奮するし、生き死にまで事態が発展したりするのだ。この10日間の中で、ポルトガルという国と、その国民は生涯忘れることが出来ない日を2日も体感し、演出した。凄いことだ。でもそんな凄いことが試合の後についてくるのがサッカーなのだ。
日曜日、本当の意味での国と国の威信を賭けた闘いが、行なわれる。この地で観られないのが本当に辛く、切ない。試合は観られるだろう。でもそこで何が起こったのか。試合の後、この国はどうなるのか? 僕は体感できないのだ。それが切なくやりきれなくなるほど僕はこの10日間、ユーロという「人民祭」を堪能した。
もう朝の4時半になってしまった。荷物をまとめないと。5時半にホテルを出ないと、飛行機に間に合わないから。間に合いたくないな。でももう帰らないと、いろいろなものが待っている。仕事も山積みだ。いきなり帰った日の午後にある本の色校が出たりする。ここ2日間、いきなり仕事の電話がたくさんかかってきた。かなり引き受けてしまった。もう帰らねば――――。都合よく、さっきから体を激しい寒気が襲ってきている。これは結構ヤバい風邪になりそうな気配濃厚。ちょうど、この旅での僕は僕を使い果たしたのかもしれない。心残りはひとつだけ―――“イワシの頭をボリボリ喰らうセニョール&セニョリータ」を発見出来なかったこと。再び――――!