Day 2
June 23, 2004
ふにゅあ〜っと朝の6時に起きてしまう。3時間ぐらいしか寝なかったようだ。が、外は打って変わって雨だ。もうHISは信用しない、と決めてから8回ぐらい奴らのアドバイスを真に受けている。テレビはイタリアの予選敗退と、ポルトガル代表の1日、そして来るポルトガルvsイングランド戦に備えてのフーリガン対策を流している。隣の部屋では朝の6時から1発キマッてるみたいで、ピストンのペースがフランツ・フェルディナンドの“テイク・ミー・アウト”のファンクになる前のパンクな部分ぐらい速い交尾が成されていた。「うわぉぅっ!うわぉぅっ!」って感じの掛け声がかなり続く。かなりかなりだ。遅いんだな(もちろんペースじゃなくて、果てるのが)、お疲れ。
8時に朝飯を食べる。何でヨーロッパのパンは味気なさそうに見えて味気だらけなのだろう。とても安くて不味そうなパンだが、とても美味い。代官山の、女性のことしか考えていない糞転がしの糞のように小さいパンとは大違いだ。しかも代官山のパンはライ麦かくるみが入っていないと街の査問委員会にパンとして認証されないようで、必ずそいつらが入っている。糞の中のコーンかよ、まったく。でもここのは美味いなあ。あれだ、紅茶を含ませた口の中に入れると、瞬時に崩れてただの粉になって胃に入り込んでくる。その感じが気持ちいいのだ。パサパサの中のオアシスみたいな衝動というか、それがある。紅茶もいい。ヨーロッパの紅茶は最高だ。理由はすべて「水」だ。ポットの中に石灰がたまるほどのミネラルだらけの水は、ティーパックを入れた途端にぐわぁーっと赤黒くなる。劇薬みたいだ。安く見積もって養命酒みたい。それがいい。血の色が根本的に違う感触が得られる。どろっと濃厚な感じ。そんな生き様が紅茶1杯にも表われている。それにも増してイカしていたのは、オレンジジュース。ここのオレンジジュースはファンタ。果汁0%でシュワシュワのファンタ。しかも常温。………吐きそうだろ、でも飲めるんだなここでは。実は20年程前の真冬に中国を横断した時も、子供達を暖めていたのはいつもホット・ファンタ・オレンジだった。炭酸ものを温めて飲むなんて吐きそうだろ、でもこれも飲めたのだ。つまり、みんながあまりにも美味しい顔して食しているとそれは絶対に美味しいのだ。だって美味しいってみんな顔で言ってるだろ。例えばミスターチルドレンは、パプアニューギニアの人にとっては、けったいな音楽かもしれない。でもここ日本では最高の大衆音楽だ。だったらパプアニューギニアから来日した人は、歌舞伎町でパプア・ミュージック(そんなものあるのかないのかは、この際問題ではない)を隠れて聴くより、コマ劇場広場で“イノセント・ワールド”を肩組んで歌ったほうが楽しめるではないか(コマで肩組んで歌うのか否かは、この際問題ではない)。というわけで、鹿野は数の論理に負けて、しっかり常温ファンタ・オレンジを朝っぱらから2杯イキました。
昨日、4試合分のチケットを渡されたが、肝心な23日、今日のチケットがなかった。「明日の朝、9時に持ってくからダイジョブダイジョブ」と言われたが、内心こりゃ来ねーなと諦めていた。このパターンで来るほうがおかしい。イギリス出張でライヴ観る時も、半分以上はゲスト・リストに名前が入っていなくて、追い返されそうになる。それがヨーロッパだ。ブリクストン・アカデミーでアンダーワールドのメンバー出待ちして、カール・ハイドを見つけてそのまま話し込み、スタッフのフリして中まで入ってパスもらって、写真まで撮ってきたことがある。それがヨーロッパへの対処法なのだ。今回も諦めていた。ドイツvsチェコだからして、ネドベド出待ちしても事態は変わりそうにないからだ。でも来たのだ、チケットが。びっくりした。あまりにびっくりしたので、持ってきた人がリスボンまで車に乗っけてくれた。なかなか最高なスタートだ!
ロッシオという新宿か渋谷かというほどの繁華街に着いた。10時少し過ぎだが、もうドイツ人とチェコ人しかいない。いや、ドイツ人がユニフォーム着せて一緒にモッシュしているダッチ・ワイフがひとりいたが。そうか、今日はドイツが決勝リーグ進出を共に狙うオランダの試合もあるんだな。ダッチを我がモノにして(負けさせて)、俺のコックで決勝リーグ進出ってか。……ってか。朝からお盛んなドイツ人である。放っておいて、27日にポルトへ向かう新幹線のような超特急列車:ALFAのチケットを予約しに行く。筆談を重ねてやっと取れたが、どうやら往復チケットを取るためだけに15分もかかってしまったらしい。最初は僕の後ろだけ長蛇の列が出来ていたが、それも10分過ぎたらみんな諦めたらしく、チケット買えた時はもう誰も並んでいなかった。ほら、俺は終わったぜ。
リスボンは坂が多い。それも狭くて急で民家と民家の間を通り抜ける道ばかりなので、よそ見していると顔に洗濯干ししているパンティーが当たったりする。でもサイズが大きくてTシャツと勘違いするようなシロモノだったりするので、当たってもあまり嬉しくない。そんな道をグルグル迷っているうちに、喉が渇いたので売り場へ行くとファンタがあった。今度は冷えていた。でも今度はパイナップル・ファンタだった。凄いだろ、飲みたいだろ。これはとても美味かった。でもそれには必然が潜んでいるのがわかるだろうか?
僕は果実の中で最も「果汁が入ってようと入ってなかろうと関係ないもの」、それがパイナップルだと確信している。というか、絶対にそうだろ。生のパインと缶詰めのパインって殆んど変わらないだろ。あれはパインがあらかじめ人工的な生殖機能を持っているのか、または缶に押し込められても、シロップに溺れても、何があっても「俺は変わらねえ」という強靭な精神を持っているのか――まあ、あれだけ繊維が強いのだから後者の気がするが――どちらにしてもパインは僕らの味覚の中で人工と天然が表裏一体のものとなっている。ということはファンタになったら、パイン果汁100%の炭酸飲料として飲めるんじゃないのか? ということになる。う〜ん、それ正解! ………何が?
美味かったわ、あれ。でも信じねーだろ。疑う前に味わって欲しいから、日本でも商品化すればいいんだ。というか、しろ。最近カテキンとかミネラルとか、コンビニの棚がそんな健康気取りに支配されていて気色悪くて仕方がない。最近になって食い物の脂質が破格に増したのか? カテキン入れて、平均体重や平均ビジュアルは改善が見られたのか?――無理なんだって、そんなもの体に流し込んでも。何も変わらねえって。だったら舌が紫になるような飲み物飲んで舌見せ合って、そのまま舌絡ませ合ったほうが楽しいじゃないか。だからファンタ・パイナップル(舌に色は着かないが)導入希望。
もうドンドン腹の中にモノを入れていく。まずはこれが食べたかったぜ「イワシの炭火焼」。ただイワシを焼いたもの。だから日本のアレと同じ。それがポルトガルの庶民派国民的メニューなのだという。もしかして、ザビエルが極東の島国に伝えたのだろうか? それは定かではないが、本当に昼時はみんなこれを食べていた。大衆食堂系ではみんな軒先に炭火焼き機を出して、外でモクモク焼く。イワシ・バーベキュー。もうその匂いだけで一膳イケる。あの匂い戦法は、新宿歌舞伎町の飲み屋の軒先で海老を炭火焼いているのに近い。あれをさらにモクモクさせてクンクンさせたものがイワシの炭火焼だ。出てきた時も驚いた。かなり大きめなイワシが6匹も焼かれてくるのだ。メザシ感覚のヴォリュームでイワシがいっぱい。最っ高! 味がもっと最っっ高!! 脂が乗っていて、しかも炭で焼いているから嫌な匂いの脂は落ちていて、とても鮮烈な味わいが広がる。ここに御飯がないのが残念だが、パンがある。イワシ・バーガーにしてみる。う〜ん! それは美味しくない。でも明日になれば、もっと僕の味覚はポルトガル人だ。明日になればきっとパンにイワシを挟むのが美味しくなるだろう。
ドンドン食べる。ドンドン内臓食べて、勿論骨もバリバリ、アタマを残したら罰が当たりますよ〜!ってなわけで当たり前のように跡形もなく食べる。しかし。みんな僕を見ている。店員も客もみんな僕を見ている。最初は何も付けないで食べていたのが、流儀に反したらしい。酢とオリーヴ油を僕の前に置いて、これかけろと言う。ちょっとかけた。なるほど、ちょっとさっぱりする。こうやってたくさん喰らうのだな。でも今の僕はポルトガルのイワシを日本でのように食べるのがいい。また付けないで食べる。また「付けろ」と指定される。ちょっとうざい。でもこの店は地元民しかいないらしく、全く英語が通じない。僕もポルトガル語が全くわからない。だから「これがジャパニーズ・スタイル」と言ってもわかってもらえない。しかし、とても美味しそうな顔で食べていたからか、みんなも僕の喰い方を認めてくれたようだ。如何なる時も素材に忠実に食べれば失礼はないという世界規範が、ここで発揮されたようだ。良かった。しかし。再びみんなが不気味な顔して見ている。今度はさっきより重い顔している。不思議そうに見てるのではなく、不気味そうに見ている。他の客の皿を見てようやくわかった。―――こっちの人は、頭も食わないし、骨も食べないのだ。中には内臓まるまる残したり、皮までキレイに剥いだりしている。女性だけでなく男性もだ。そっか。そうやって食べるから、つまり魚身だけを食べるから酢やオリーヴ油かけてサラダ感覚なんだな。でもそれじゃイワシの60%ほどしか喰えてないぜ? というかイワシの野趣溢れる部分を捨ててるぜ? お前ら、ソウルを捨ててるんだぞ? それでルイ・コスタなんて名乗っていいのか? 大腿お前の名前は何なのか? でも言葉にしては言えない。舌を3回噛んでも無理だろう。だからこれもひたすら美味しそうに喰うだけ。でも誰も追従してくれなかったな。しかもイワシを平らげた直後に出てきたライス・プリン、これが何とも濃厚な味でイワシの頭や骨や内臓の食後感がまだ鮮烈に残っている口の中で完全にバッティングした。でも残すのは僕の人生として許せない。あー、こうやってその国それぞれの食い合わせを学ぶのだ。でもポルトガルのイワシは丸ごと食って欲しい。美味いから。人の目なんて気にするな、それが言いたいこと歌うロックを聴いてきた僕らの自然な掟じゃないか。
その後広場に出て、再び大騒ぎのドイツ人とチェコ人の間を歩いて楽しむ。再びさっきのダッチ・ワイフを抱えたドイツ人と遭遇するが、さっきよりダッチ・ワイフがうなだれて疲れていた。かなり奉仕したようだ。違うか。そして何個かのテレビカメラが、ドイツ人やチェコ人にかなり無理やり「ポルトガル!」と叫ばせたり歌わせたりしている。どこでもマスコミって………あ、俺もその一種か。精進せねば、喰って。というわけでもう一軒。そこではアンコウのリゾットを食べる。これも伝統的なソウル・フード。問答無用で唖然とするほど美味い。こっちの料理は塩辛いが、でも同じ分だけダシの味も濃くて深い。アンコウのダシのリゾットを食べているうちに、僕は深海をユラユラたゆらうような錯覚を覚えた――わけはない。そんな感覚覚えるくらいならもっと目の前のアンコウを平らげるのだ。感覚が飛ぶほど喰って喰って喰いまくるのだ。実際にそうした。でも美味かったし、あのインド米でもカリフォルニア米でもない、もっと野性的なアフリカ米と名付けたくなるような米はリゾットに合っていた。あれ、何なんだろう?
万博会場跡地に行く。世界で2番目に大きな水族館があるという。僕は以前兵庫と仕事をさぼってよく水族館に遊びに行っていたくらいの水族館好きだ。兵庫は水族館好きというより、単に魚好きだったな。だからイルカのショウとかあまり楽しそうじゃなかった。だから水族館目当てで行ったのだが、本当にデカい。だからとてもサッカー始まるまでに観きれない。だからやめた。散歩していると、海辺の道のベンチでは、呆れるほどみんながみんな横たわってキスしていた。真っ昼間っからみんなトロ〜ンとしている。幻覚を見ているようだった。とてもサイケデリックだった。でも不潔でもなければ下劣でもない、そこが恋愛大国ポルトガルを表わしていた。何だ、恋愛大国って。
いよいよ競技場に向かった。当たり前に地下鉄はぎゅうぎゅうだった。しかし面白かったのは、執拗に乗り込まないし、乗り込んだ人間が落とされ降ろされることがあること。すべて無人駅、ドアの開閉はドア横にあるセンサーが感知して行うのだが、あまり乗り込むとセンサーが感知してドアが閉まらない。それを防ぐためにドアにまでかかって乗ろうとしないし、乗ろうとした人は罵られて突き落とされていた。凄い精神管理が行なわれていた。無論、参考にするべきだと思う。無理やり乗ってドア閉めるのに時間がかかって、電車が毎日遅れるどこかの国よりよっぽど合理的だからだ。
地下鉄の駅から降りると目の前にスタジアムが広がっていた。勝手にスタジアム内でアルコールは呑めないと錯覚していたので、人に聞いてビールを売っているところを捜す。いや〜この旅、英語が通じるわ。何話しているのかもよくわかるし。そう、みんなも下手だから。下手同士の独特のイントネーションが僕らを繋ぐのだ。繋がる繋がる。2缶空けてから、スタジアム会場の門をくぐる。門は並ばずに潜れた。そう言えば駅からもとてもスムーズだった。でもスタジアム自体に入場するゲートは5万人に対してたったの4つ! しかもボディー・チェックもする。これは凄かった。ゲート前から入場まで30分以上かかった。しかも僕の統計では、ドイツ人はせっかちである。入場時もデカい体を揺さぶって、前へ前へ力ずくで割り込もうとする。痛いぐらい体を入れてくる。僕も意地になって肩を入れて、相手を阻む。サッカーと同じやり方だ。闘いはすでに始まっているのだ。それでもまたドイツ人は腰から割って入ろうとする。このオフェンシヴな貪欲さが、何故代表チームのプレイから出てこないのか、全くわからない。僕の中ではドイツ人は力任せでせっかちで、チンコがデカい生き物なのに。
スタジアム内でビールは呑めた。浴びるほどのカールスバーグが、待っていた。そうだな、逆にドイツ人はビールがないほうが凶暴になるものな。水だからな、あいつらにとっては。それにしても何故、何処の国も絶対に“GO WEST”を歌うのだろうか? ゲイが多いからか? 試合前の応援合戦が鉄の屋根に響きわたって、耳が痛い。本当にこっちのサポーターの声は凄い。特に今日のドイツや、すっかり自信持っちゃってる決勝リーグ一番乗りだったチェコなどは、腹から声出しているだけではなく、腹から臓物まで出しちゃってる様な圧力で叫んでいる。だから本当に響くのだ。慣れないプレイヤーならあの声聴いていると腹が痛くなるんじゃないかなあと思う、そんな声。日本のサポーターのように圧力はないが切実さが伝わる応援もいいだろう。しかし、こういう打撃のような鼓舞の仕方もあるのだ。
試合は知っている人も多いだろう。ドイツの敗戦、同時に試合をしていたオランダが3−0でラトニアに快勝したこともあって、ドイツは予選リーグ敗退となった。開幕前は今回のドイツは史上最弱、予選突破は無理と言われていたが、初戦のオランダ戦で引き分けたことによって余計な期待を持たせてしまった―――言い方悪いが、それがかえって国民の落胆を増したようだ。しかし、この試合のドイツはいつもの「つまんないドイツ・サッカー」ではなく、徹底的に勇敢でオフェンシヴだった。はっきり言って、キーパーのカーンも旬を過ぎた動きと指示の出し方だったし、MFのバラックはオランダのファンニステルローイのような獣臭を発している奴かと思ったら、生では思ったようなオーラや創造性が伝わらないプレイヤーだった。しかし、ドイツは常に前へ前へと向かっていっていた。当たり前のことだが、そんな当たり前のドイツを生で観れたのは幸せなことだったと思う。彼らは少しばかり精度に欠けていて、少しばかり運に見放されていた。後半は2点は入っていても良かった。しかし、その少しばかりを呼び込めるか否かですべてが決まる。それが欧州レベルなのだ。フランスを除いては―――ありゃ強過ぎる。
あれだけ大きな体をしたドイツ人が1万人以上落胆しているのは、ちょっとこっちも疲れるが、でも暴動が起きるような気配は全くなかった。ホテルに帰ってきてテレビで観たら、地元ドイツではかなりのことになっているようだったが、スタジアムや帰りの道、そしてホテルから再び飛び出して向かった真夜中の広場や海辺では、何にも起こらなかった。理由はふたつある。ひとつは、こっちへ来るような理解度の深いサポーターは、この事態を覚悟していたのではないか? ということ。そしてもうひとつは、ポルトガルではドイツvsチェコ戦が終わった瞬間から、もう明日のことしか街全体が考えられなくなっていたこと。既に何日も前からそうだったのだろうが、かろうじて開催国としてのマナーで自重していた。しかし、この試合をもって予選リーグも終わり、決勝トーナメントに向かう。―――ならばその初戦でいきなり始まるミラクル・ゲーム、ポルトガルvsイングランド戦にすべてが向かうのはもういた仕方がないことだ。実際にこの夜は、完全にポルトガルvsイングランド戦の前夜祭だった。今までのことや今日の試合も終われば跡形もなく、テレビ番組も街も、すべては明日の歴史的な一戦に向けられ狂い咲いた。25時ぐらいに爆発のような花火が上がりまくり、60を超えたお爺とお婆が踊りまくっている。何かおかしいが、当たり前のようにも見える。それがポルトガルか、と書いていても始まらないので、僕もこれから街へ行くことにする。だって、ピーク・タイムは26時だって言うんだから。
そうそう、最後に。昨晩、ホテル前の公園でマリファナ・パーティーやっていた奴らが今日もヘラヘラいた。でも今日はヘラヘラ吸ってるだけじゃなくて、ヘラヘラ髪の毛を切り合っていた。非常にシュールだった。僕が通るとまた「Oh! ブラジ〜ル!!」と盛り上がられて、あわよくば髪を切られそうになった。奴らのパーティーもこうやって進化している。決戦は明日だ。