Day 1
June 22, 2004
いきなり成田のキャッシュ・ディスペンサーの前で、アメリカ人の置き忘れた財布を見つけた。自分も家に携帯を忘れてきたので何となく同胞意識を感じたが、でも旅の始まりに財布を拾うとは幸先がいいのでちゃっかりもらっておこう――とは考えず、おとなしくインフォメーションに渡した。その後、成田で国際電話用の携帯を(今は自分の携帯番号をそのまま使う国際携帯レンタルがあるのだ。ネットで予約すれば、使用料だけなら1日300円ほどだ)、初めて借りてみた。その後、「あー、またヨーロッパ行けばその辺歩いてる奴ら片っ端から『ヘイメ〜ン、タバコくれよ〜』って言われんだろうなあ」と思い(何しろタバコが高いのだ、あの辺は。1本だいたい60円だぜ、どうかしてる。マリファナのほうが安いっつーの)、2カートン買っとく。
「エール・フランス」って響きがいいよなあ。今はもう潰れた「パンナム」の次に響きがいい。「大韓航空」って響きと比べると、デルピエーロとモリエンテスぐらいの響きの違いがある。モリエンテスって、何かまだ焼いていない餃子みたいで、もったり臭う感じがするよな。誰もあんなお顔してあんなプレイしてるなんて思わねーよ。でもこのエール・フランスが、旅人生の中でも最高にサノバビッチなものだってことを早速思い知った。何しろ最初っから電気はつかないし、テレビも5分観ると消えてしまうのだ。おまけに、出てきたフルーツが半分腐っていたし、カップヌードルを頼んでも僕の顔を見ると必ずシーフードにしやがる(ノーマルとシーフードの2種類あったのに。4つ食べたが、必ず同じデスに頼んで「次はノーマル来るだろ、それまでは絶対に『普通のほうくれよ、アホ』とは言わずに睨みつけよう」と決めていたが最後までずっとシーフード食わせやがった)。……もう別格に最悪である。おまけにクレームつけると「オッケー直すから」と言っては、そのまま放っときっぱなし。日本人のデス呼びつけてここまでの惨状を告げると、いきなり30ユーロ渡して「これで我慢しろ」って、俺はクレーマーかよ。朝日新聞に天皇皇后問題の文法表記が間違っているだけで、旗振ってクレーム入れる爺さまと同じかよ。まぁいい、もらっておこう。さらに帰国後に青山に行って本格的なクレーム入れるために、連絡先を訊く。あー、充分に旗振ってクレーム入れる爺さまと同じだな。知らなかったよ、そんな自分を。
パリのド・ゴール空港を経由して、リスボン空港に21時に着く。明るい。全然まだ西日。これから掃除して、ビール呑んで、ワイドショー観て、またビール呑まないと日が暮れないくらい明るい。そのままホテルへ向かう。部屋に入ると早速テレビ。―――いきなりだ、生中継でイタリアの予選リーグでの敗退が告げられている。終わったばかりのようだ。VTRの映像が流れているが、かなりの雨が降っている。ポルトガルはこの時期、絶対に雨が降らないとHISも地球の歩き方も語っていた。HISなどは、最初飛行機だけは取れたものの(今回、試合のチケットはすべてローマの知り合いにゲットしてもらったのだ)ホテルが混んでいて取れなかった時、「でもポルトガルはこの時期、雨は絶対に降らないので野宿もそんなに辛くないですよ」と39の男を前に言いやがったのだ。しかも自分がいるリスボン近郊は何の液体も空から垂れていない。そっか、これは前回大会の映像か、と思ったが、ユニフォーム見てすぐにすべてを察した。……帰っちゃうのか、イタリア。スペインに続いて。スペインはポルトガルって隣国というより、東京にとっての埼玉みたいなもんらしい。じゃあ、帰らずにずっとここにいて試合観て悔しがるのもいいだろう。国帰ったら苛められて大変な目に遭うだろうし。でもイタリアはいられないよな、こんなダサい国に。トッティのお気に入りのシャンプーとか、売ってなさそうだもんな。来ポした瞬間に、いきなり予選敗退でサヨナラされるのは辛いが、お気をつけてアズーリ。
ビール呑みたいから外に出る。リスボン中心街のホテルなんてとてもゲット出来なかったので、アマドラという近郊駅前ホテルに滞在することになった。夜は寂しいが何とかビールを買えたので駅前公園でひとり呑みしていると、タバコを3人にねだられ、そしていつしか自分を囲んでマリファナ・パーティーが始まった。何でか全くわからないのだが、ジャマイカみたいな奴らが自然とやってきて、そして「あの匂い」を強烈に漂わせ始めたのだ。もしかして金目当てかな、襲われちゃうかないきなり、と思ったが、奴らはヘラ〜っとしてるだけで、僕の顔を見ては「ブラジ〜ル、ブラジ〜ル」と言ってるだけ。何でブラジルだったのか、部屋に帰ってきた今も全くわからないが、う〜ん目が廻ってきた。明日、もう一度奴らに会って真意を確かめねば。…………もうっけませゆん(後日記:もう書けましぇん)。