スピッツ『スーベニア』(AL/関西版『ぴあ』05年1月6日号に掲載されたものを転載)

photo スピッツ11枚目のアルバム『スーベニア』は、眩しいほど鮮烈な歌が詰まっている傑作だ。この国屈指のメロディメイカーである草野マサムネの黄金律が見事に羽ばたき、繊細なフレーズと豪傑なグルーヴが春風のように強く優しく響き合う。常に素晴らしい楽曲を築き上げてきた、安定感に満ちたバンドだったスピッツだが、ここまで初期衝動と熟練と音楽愛をバランスよくエディットした作品はなかった筈だ。時代が迷走しているからこそ、それを反面教師にしてまっすぐな愛を歌い、まっすぐな気持ちで名曲に向かう。ポップ・ミュージックのあるべき姿がこのアルバムには詰まっている。
 結成から17年の時を過ごしながら、未だ撮影中にメンバー同士が無邪気に冷やかし合う――そんな退屈や惰性とは無縁なバンドシップが取材時にも見られたが、『スーベニア』を聴けばこう感じるだろう。できることなら、僕らもスピッツになってしまいたい!と。
 沖縄民謡風からレゲエ、GS、そしてハード・ポップまで。大胆にストリングスを導入した曲まで含まれたサウンド的にもバラエティ溢れる作品を、メンバー自身はどう感じているのか? そして何故、ここまで精力的な作品に仕上がったのか? その裏側には、シリアスな季節を迎えていた「あの頃」や、ツアーによって覚醒した新しい表現欲求があったと、メンバーはこのインタヴューで語っている。今一度、ギアを入れ直してポップ桃源郷を目指す意志を露にした4人に、深く楽しく迫ったロング・インタヴューをどうぞ。



●これは金字塔に近い作品だと思いました。まずは、それぞれの感慨を聞かせてください。
三輪「満足してますよ(笑)。実際、想像以上にいいものができましたね。バンドサウンドとして広がりと奥行きのある、自分のイメージ通りの音ができたから」
崎山「やっぱり1曲1曲カラフルな感じに仕上がってるし、亀田(誠治)さん、高山(徹)さん、メンバー、スタッフとそれぞれのいい化学反応を楽しめました。シンプルだけどすごく広がりがあって何回も聴ける感じですね」
●今まで以上にいろんなリズムを叩きましたよね? そのへんは自分の中で挑戦意識としてあったんですか?
崎山「うーん、最初の段階のレコーディングでマサムネが『弾き語りでもできる楽曲』って言ってて。それを聞いて自分の中ではパーカッション的なアプローチもありかなと思ってた」
●田村君は?
田村「自分のできることを思い切ってやるということを思い切ってやって、それがうまく詰まったアルバムになったと思います。自分ができることを自然とやるのは、レコーディングでは中々難しいことなんですけど。今回はすごい楽しくて、本当に嘘偽りなく楽しめました」
●最後に、マサムネ君は?
草野「『三日月ロック』を作り終えた時点でけっこうもうやり遂げた感があって、取材なんかでも、『次何作ったらいいかわからないですねー』なんて言ってたんだけど。でも、好奇心とか創作に対する勃起みたいなもんもちょっと時間経てば戻っちゃうんだなと思って。そういうことに安心しつつ、さらにいいものができたんじゃないかなという自負はあります」
●ちょっと時間を追って聞きたいんですけど、これはマサムネ君が一番最初にタネを持ってきたんですか?
草野「タネ(笑)。最初は単純に『三日月〜』のツアーとかその後のファンクラブのツアーで弾き語りのコーナーをやってたんですけど、そこでオレの中に“ある気持ち”が芽生えたんですね。それは………スピッツという看板をとっぱらった時の自分の力っていうのはどんなもんだろう?っていう不安とか疑問が、バンドを長くやってきたが故に生まれたんですよ。例えばすげぇ変装して渋谷の駅前とかで弾き語りしたらどれくらいの人が振り向いてくれるんだろうか?って。———意外と素通りされちゃったりしてね(笑)、声量ないから。とか考えながら、マスに発進していくという意識ではなく、まずは目の前のアンタに聴かせるというような姿勢で曲作りをやっていこうかなと思ったんです。ファンクラブ・ツアーでやってた曲の中でも今回のアルバムに入ってる曲がいくつかあって、“優しくなりたいな”とか“会いに行くよ”とかそうなんですけど。その2曲を例にとっても、目の前の相手を見て歌わなきゃとなると、どうしてもよりストレートなメロディと歌詞になっちゃうんで」
●非常にセンチメンタルかつ、直球勝負で愛してます≠チて歌ですよね。
草野「そうそう(笑)。直球になっちゃう。というか直球じゃなきゃダメなんだよね、目の前の人に届けようとすると。スタートラインはそのへんの意識から始まった。だからなんか初心に帰ったような感じはありますよね」
三輪「でも、最初はバンド4人だけじゃなくてもいいんじゃない?って話は出たよ。別に堅苦しいこと言わずに他のミュージシャン呼んでもいいんじゃないかって」
●それはなんで?
三輪「うーん……なんでだろう。スピッツでいろいろなトリビュートとかやったじゃん。YUKIちゃんのやつが大きかったと思うんだけど。誰がどうやってもスピッツじゃんって」
草野「ヴォーカルが変わってもね」
三輪「うん、スピッツな曲になる(笑)。それが新鮮だった。いろんな人の(ヴォーカルによる)スピッツが聴けてね(笑)。だから誰がどう入って来てもスピッツになるっていうのがわかったから、別に4人だけにこだわらなくてもいいんじゃないかなと思った。それにマサムネが歌ものでって言ってたから。歌ものってさ、4人だけでやるのは案外難しいんだよね。でもマサムネがやりたいことをやれないのはヤダなーって気持ちはあったし。マサムネがやりたいっていう曲を持ってきてそれをみんなでやりたいって決めたら、がんばりたいなと。月並みだけど(笑)」
●今回はサウンドもそうなんですけど、全体的にためらいがないんですよね。音はハジけてるし、メッセージにもためらいがないっていうか。
草野「あぁ、ある意味オッサンになったってことなんですけど」
●それ、2作くらい前から言ってるよ(笑)。
草野「(笑)例えばさ、目の前にカワイイ女の子がいたとするじゃない。遠巻きに『オレがカワイイって言ってたって伝えてくれる?』って今まで言ってたのが、面と向かって『うわぁカワイイ!』って言えるようになった。音楽の中では(笑)。世の中的にも、昔はメッセージ・ソングなんてカッコ悪いって感じだったけど、今はカッコいいもカッコ悪いも関係なくなってきてるじゃないですか。そんな中で自分もいろんなことに対してテレくさかったのが、何をテレてたんだろう?っていうような意識に変わってたりするんですよね。例えばね、ライヴの本数がもっと少なければ家でわかるやつだけわかればいいよって曲を作ってたと思うんだけど、ライヴの本数が増えたっていうのがやっぱ大きいんですよね。面と向かっていろんな人に歌いかけるっていう経験を積んできてますから。………だから、“ステージ人”としての曲作りになってきてるんだと思うけど」
●そのへんはメンバー的にもあるんですか? 例えば、「目の前のアナタに届け、このアルペジオ!」みたいな(笑)。
草野「アッハハハ。あるんじゃん?」
三輪「まぁでもそのへんはね、笹路(正徳)さんに言われたんだよね、昔。オレはあの頃ぐらいの頃から外に意識は向かうようになってたよ。それまでのレコーディングとかライヴは内のほうに内のほうに向かってたから。いろいろ精神的な部分でも笹路さんに教えてもらったことって、今になってわかることもあるしね。すごいいろいろ考えちゃう奴だから、オレは。全部が全部ね、チョー楽しいッ!=c……ってコレ流行語大賞ね。あ、違うか(笑)」
一同「アハハハハハ」
三輪「『チョー気持ちいいっ!』だ(笑)。ま、楽勝みたいな気持ちはないけどさ。マサムネがよく言うけど、スピッツは最初から自信なかったしさ。『インディゴ地平線』まではレコーディングとかキツかったしさ、いろんなもの背負い込んで。全然関係ないことでもなんでも背負い込んでたから。大変だった、あの頃は」
●シンプルに聞くけど、なんでこんなにバンドとしての勢いがあるんですか、このアルバムは?
草野「え!? がんばったからじゃないですか?(笑)……………今ちょっと思い出したんですけどね、『99ep』っていう中途半端なCDを作ったことがあって(笑)。楽曲に対する思い入れとかは今回と変わらないくらいあったと思うんですけど、やっぱどっか煮え切らない作品になってたと思うんですよ。で、当時スピッツの(ホームページの)掲示板とかに今回のはイマイチだ≠チて書いてきてるファンが何人もいて。でね、自分としては『それは楽曲(のせい)じゃないんだけど』って感じだったの。それ、今聴いてもよくわかるんですよ。そこにはバンドの迷いだとか要因としてはいろいろあったと思うんです。そのちょっと後に『SNOOZER』って雑誌に取材してもらったことがあって。そこに『99ep』のダメな感じっていうのをナンバーガールのすごさと比較して書いてあったの。ただ『ハヤブサ』はそれを払拭できてるって。でもね、それに対してオレは全然ムカつかなかったし、むしろよくわかると思ったの。ま、そこがオレのいいところって言われることもあるんだけど(笑)、すごく煮え切らないものを作ってた時期だったんですよね、あの頃は。ナンバーガールって煮え切らない感じが全然ないじゃないですか?」
●そうだね。衝動をそのまま鳴らしてたからね。
草野「うん。でも例えばシャ乱Qとナンバーガールを較べても、煮え切ってる感じというかイッちゃってる感じは一緒だと思うんですよ。だから『99ep』はシャ乱Qにもナンバーガールにも劣る1枚だなって思う。あの頃のスピッツ自体がそうだったんだよね。劣る劣らないっていう言い方は変だけど、でもそのイマイチだなって言う人の気持ちがよくわかった」
●あの頃のマサムネ君は音楽批評家として非常に優秀な人だったと思うし(笑)、スピッツというバンドが技巧派だった時代だと思うんですよ。だから、確かにすごく論理的かつ混沌としてたよね。
草野「うん、そうですよね。だからシャ乱Q的でもない、ナンバーガール的でもない、どっちにも振り切れない自分がすごく嫌だなと思ってたから、『ハヤブサ』『三日月〜』『スーベニア』っていうのは、そこに対する自分の中でのケジメみたいなものをつけようという意識はどっかであったと思うんですよね。……うん。やってることは全然違っても、発する強さみたいな部分はきっちり出したいなと思ってたから」
●簡単に言っちゃうと、バンドのテンションで勝負ってこと?
草野「そうですね」
田村「確かにそれ以降の草野が渡してくれるデモテープは、草野の想いがわかりやすく提示されるようになった。だから草野の曲を作る技術はそんな変わらないけど、それを具体化して伝えるスキルと意識が上がったと思う。オレら(メンバー)はそれに対してどうやって応えようかっていう、その応えるレベルが高くなっていった」
草野「単純に、自発的にスピッツというバンドをディレクションするようになったよね。スタジオはここで、アレンジはこの人でみたいな感じも含めて。バンドによってはこんなこと最初からできてるんだろうけど、オレらはそのへんの意識はすごく希薄だったので」
田村「ま、その後で『RECYCLE』の問題があったので(笑)」
●ベスト盤を出す出さないという、レコード会社とのせめぎ合いですね。
草野「そこでバンドがさらに結束したという話もあるね(笑)」
田村「まぁでも、『99ep』の後にバンド内で試行錯誤した時期もあった。それがシングルの『メモリーズ』に繋がったんだけど。それでみんなのスキルも上がったし、……これからもその積み重ねかなと思いますけどね」
●今話を聞いてていろいろわかってきたんですけど、前作『三日月〜』はすごくいい作品なんですけど、バンドの意地みたいなもんが聞こえてくるんですよね。だから力んでいる。それに対してこの作品は、すごく自由なんですよね。自由に音を鳴らしている。
草野「『ハヤブサ』『三日月〜』を作ったってことで楽になれた部分はあったよね」
田村「あと時代背景もあるしね。9.11のテロとかさ。あの時ライヴやらなきゃいけなくて、こんな時にライヴしてていいのかなとか思いながら……でも音楽しかないんだよなって。今回もオレ、『ベースしか弾けないわ、でもベースが弾けるんだから楽しいじゃん』って思った。で、スピッツの中で一番に誇れるのは草野の歌詞とメロディだと思ってるから。それがやっぱり中心にあるものだし。その歌と詞をちゃんと聴かせることにかけては俺は負けない――という言葉も変だけど(笑)、ちゃんとしたものになるだろうと。それを今回のデモテープを聴きながら強く思った。改めて思った」
草野「スピッツ節に対する確信だ」
田村「それはオレ、MOTORWORKSとかやってて気づくことがあったんだけど。『あ、すっげー草野っぽいな』とかさ。単純なコード進行でそんなバリエーションないんだけど、でも『なんでこんなにメロディが奥深いんだろう、やっぱ草野ってすげぇな』って思った。いや、草野がすごいんじゃなくて、草野が作ってくる曲がすごいなと思った(笑)」
一同「ははははは!」
田村「MOTORWORKSで外に出なきゃ気づかなかったことなんだけど。『一緒にやってるオレってラッキー!』って思った。『オレしかいねーじゃん、このバンドでベース弾いてるの、ラッキー!』って」
草野「だから、それぞれがスピッツ節を確信してくれるようになった。オレもそうだし。’99年頃にナンバーガールにもシャ乱QにもKiroroにも負けてんなーっていうのは、スピッツ節に確信を持ててなかったからだと思う。スピッツ節で勝負すればスピッツは負けないだろうと、当たり前なんですけど(笑)思うようになったんですよね」
●そのスピッツ節をリスナーに聴かせてあげた時に、みんなの喜ぶ顔が宝物だったわけ?
草野「そうですね。それは大きいですね。デビュー当時は希薄だったエンタテイナーとしての自覚とでもいうのかな(笑)。最近ね、オレンジレンジ観て思ったけど、オレらはまだまだエンタテイナーとしての意識は希薄だな(笑)」
●ハハハハハ。それはマズいだろう(笑)。
田村「でもそれをやってくことによって、スピッツってことが希薄になってくからね(笑)」
三輪「オレらがバンド結成した時と同じくらいの歳だからさ、余計較べちゃうんだよね」
草野「そうそうそうそう。19歳くらいで結成して、あの時はオレら自分のことで精一杯だったからね。お客さんに楽しんでもらおうという気持ちなんてほとんどなかったけど、彼らはお客さんを楽しませようっていう感じがガンガンに伝わってきて」
田村「彼らはあれだよね、自分たちの世代を背負って堂々としてる感がある」
●こんなことを言われてもちっともうれしくないと思うんですけど、スピッツが出てきた頃って’91年、’92年だったじゃないですか。その時代って世代を背負うもロックを背負うも、堂々とできる空気も場所もなかったと思うんですよ。
一同「そうだね」
●それを堂々とできる道を作ってきた人たちのうちのひとつがスピッツだと思うんですけど。そうやっていろんな人たちが下地を作ってきたおかげで今、オレンジレンジ達が堂々とやれてるんだと思うよ。よくも悪くも今はいろいろなことを「お上手」にバンド活動できる状況があるから。
草野「そうかな(笑)」
田村「だからと言って、オレらはもうオレンジレンジにはなれないけどね」
草野「うん。なったところでみんな困るし(笑)」
田村「だからここからまたスピッツというものの模索が始まるんだろうし。何がしかの道がどっかに続いてるんだよね」
●でも音楽って賞味期限がないものだから、自分たちが自分たちの音楽に対して愛しいなぁって思うと、その音楽は輝きが増すじゃない。そういう意味で今回のアルバムはキラキラしてますけどね。
草野「そうですか(笑)」
田村「うれしいね(笑)」
三輪「でもいい感じにやってましたよ。最初のほうで亀田さんに『若いね』って言われたのがテーマとしてあったし」
草野「演奏が若いって」
三輪「今思うとその言葉が今回のレコーディングを象徴してるような感じがする」
草野「そういう意味では遊びの延長でやってるところが今も残ってるから、演奏も楽しくやれてるのかな。これしかできないからっていう境地に達した(笑)」
田村「やり始めの頃は本当に他のことが不得意でこれしかできなかったんだけど、お互いに長くやってると得がたいものになってくるんだよね。『他の人には出せないだろ、このノリは』とか」
草野「これしかできないものをどんどん研ぎ澄ましていくような段階なのかな? スピッツは今」
●世界一周旅行して、帰ってきて味噌汁の本当のうまさに気がついたみたいな感じなんだ。
田村「そう(笑)! これでダメなわけないじゃんって」
草野「ダメになるなんてちっとも思わなかったもんね」
田村「うん」
草野「お待ちど〜って気持ちはありますけどね(笑)。でっかい魚釣れたよーみたいな」★

Last Update : 2005年01月06日 (木) 21:13


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