ライヴ・レヴュー/岡村靖幸 10月16日(土)東京ベイNKホール(書き下ろし)

 ありがたいことに僕は音楽を書き表す場所はたくさんあるので、このホームページではあまり音楽レヴューをするつもりはないのだが、個人的にも音楽としてもこのNKホールでの岡村靖幸ライヴはかなりプレシャスなものだったので、書かせてもらう。読んだことない人には気持ち悪いことこの上ないだろうが、今回は春まで自分が岡村とともに手掛けていた「やすゆきチャンの 行けるかな? 一人旅」調で書かせてもらう。それではいきます。

 まずはお疲れ、やすゆきチャン。ライヴ終わった後のやすゆきチャン、いつものようなゴジラ級の威圧感がなくて、ちょっと拍子抜けしちゃったよ。おまけにマリア様のような笑み浮べるしさ。でも、全部使い果たしたんだねエネルギー。ステージの上にオーラ全部置いてきちゃったんだね。ほんとお疲れ、感動しちゃったよ。でもやすゆき………何で僕があんなにも良かった良かった象徴的なライヴだったって二の腕掴みながら語ってる時にブスッとしてたのかなあ。おまけに、「だってわかんないんだもん。楽屋に来る人はみんな良かったっていうでしょ? 駄目だったなんて言いに来ないでしょ? 僕ね、今日は一番前の客が遠かったから、雰囲気がわからなかったよ」なんてプンプンしながら言うじゃない。やすゆき、あなたは真実の目だけじゃなく、真実の感覚や聴覚があるじゃない? それで感じてた筈だよ、この日の慈愛に満ちたオーディエンスの熱量の凄まじさを。それにやすゆきチャン自身が雄弁に語ってるじゃない、「デッカいことはいいことだ」って。人間もホールもそうなんだってば。……そっか、はにかんでるんだね。やすゆきチャンもほんとは、嬉しくて嬉しくて堪らなかったんだね。うーん、わかったよ。

 ちょっと思い出話しよっか。今年のやすゆきチャンの大車輪のような活躍っぷりは、去年のひたちなかのロック・イン・ジャパンから始まったんだよね。あの時オーガナイズしてた僕は、やすゆきチャンが五割一分方来ないと思ってたんだよ。あぁ、前日に水戸に入ったって聞いた時に四割九分方に変わったんだっけ。やすゆきチャンが水戸に入ったって当時の僕がいた会社のスタッフに伝えると、みんなから信じられないほどの歓声が沸いたんだよ? そう、みんな多分来ないと思ってたんだ。でも来てくれたよね、やすゆき。嬉しかったよ。そして一ヵ月後から一人旅したいって、僕に手取り足取り一人旅を教えて欲しいって、この世界に本当に羽ばたく決意を胸に秘めて相模湖ピクニックランドで子供や老人に威圧感バリバリ与えていたよね。やすゆきチャン、実は一人旅も一回も休まなかったんだよね。最後の旅では長崎の軍艦島まで辿り着いちゃって浮かれたやすゆきチャン、クラブでみんなダラーってYO踊りしている時に1人ブレイク・ダンスでカクカクしちゃって宇宙人来襲みたいに大変な修羅場が生まれたけど、でもいいよ。だってやすゆきチャン、自分が自分であるために潜在エネルギー引き出して、世の中にもっとピースピースしようって頑張ってたんだもんね。わかってるよ、うんうん。

 あのね、ただノスタルジックに思い出話してるわけじゃないよ。やすゆきチャンの去年の夏からの1日1膳、いや、1善が、すべてNKホールに繋がってたんだよ。知ってるよ? やすゆきチャン、今年の夏ぐらいから急激に歌声がフレッシュに戻り始めてるんだよね。だから僕も楽曲自体が青春を取り戻しているように聴こえて、ドキドキしちゃうんだよ最近。そしてNKで何がときめいたって、ダンスだよ! ダンス・ステップの華麗さだよ、セニョールやすゆきチャン!! 長崎の夜の宇宙人とは比べ物にならないストーリーテラーな、もうステップ自体がミュージカルになっちゃてるダンスだったよね。エンターテイメントなショウとして考えると、禁じられた生きがいのツアーを遥かに超えるファンタジーがキラキラ詰まってたよ。それもこれも全部、やすゆきチャンが去年から羽ばたこう羽ばたこうってキープ・オン・ゴナ・アクティヴ&クレイジーしてたからだと思うんだよ。うん、絶対そうだね、や・す・ゆ・き。

 ダンスって何なんだろうね? やすゆきチャンはとっくにわかってることだよね。そう、ダンスするって、自分を認知してもらうっていう真面目で必死で熱い交尾、いや好意、いや、それもそうだけど「行為」なんだよね。やすゆきチャンも最初は職業音楽作家のようなデビューをして作った曲は売れたけど、自分が認知された気がしなくて痒かったと思うんだ。だから認知されたくてダンスしてダンスして、みんなだ〜いすきなやすゆきチャンがシーンに産声をあげることが出来たと思うんだ。やすゆき、ダンス出来なかったらあなた、まだまだ引き篭もってたよね? ね? でもダンス出来るから、素敵なステップ踏めるから、自分が世界に認知されたいって舞うことが出来るから、もう一回生まれ変わったんだよね。それが全部、この日のライヴで目に映ったんだ。堪らなかったよ、やすゆきチャン。

 音楽は形がない幻のようなものだよね。だから、リアリティーだけを求めたり表現するんじゃなくて、やすゆきチャンのように「街中に転がってるのに、本当の意味では誰もが手に入れられていないLOVE」を狂おしいほど求める気持ちが音楽として鳴り響くことはとても大切なことなんだ。周りの音楽がどうだろうと、簡単な答えを求めないやすゆきチャンは永遠のモラトリアム、そうさ、僕らの本当の救世主さ! 安易な結論と幸福で満足しているポップスや今風パンクなんて、やすゆきチャンのジャーマン・スープレックスでイチコロだよね。……本当にやったらダメだよ。やすゆきチャン、大きいんだから。

 これで狂騒の復活劇も一段落なんて大間違いだよ、やすゆきチャン。この日のライヴでようやく本当のスタートを切れたんだよね。しっかり歌って、華麗に舞って、空間全体がキラキラする、この素敵なエンターテイメント・ショウをもって、やすゆきの物語はようやく始まるんだよね。もう、僕らの掌から逃げるなんてことしないよね? すぐに逢えるよね? ね?

Last Update : 2004年10月16日 (土) 21:39


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