このたび岡村靖幸という素晴らしいアーティストがデビューします。「今の音楽業界、ほんっとに不況」とか「バブルの頃はノーパンしゃぶしゃぶ行って楽しかったなあ」とかグダグダ言ってる人々の中には「えっ、岡村靖幸が復活するの!? すげっ!」という声もあるかもしれませんが、この際そんなビンテージなざわめきにはフタをして、フレッシュな新芽としての岡村靖幸のデビューを楽しんでしまいましょう。
岡村の音楽は耳から爪まで全部がチャーミングです。彼を喩える色によくピンク=桃色が挙げられますが、それは甘くて狂おしいほどセクシーで、しかも愛情に餓えている彼の欲望を表わしまくった色です。岡村の音楽の要素の多くを占めるのはブラック・ミュージックですが、その中でもファンクとバラッドが彼の最もアグレッシヴかつファニーな部分を表しています。ファンクでは線の太いグルーヴに繊細なギターを合わせ、時に無邪気な子供の声を被せては可愛くも底はかとない狂気を演出します。バラッドでは一晩7万8千円のディナー・ショーを彷佛とさせる美麗なピアノを奏でながら、とことんおセンチな嘆きと求愛と孤独を唄います。あ、ちなみに岡村靖幸はファンクなナンバーをバラッドにすることが出来るし、バラッドにリズムをつけてファンクにすることが出来る作曲家です。つまり、彼の作る音楽はジャンルである前に、絶対的なポップなのです。だからチャーミングなのです。あくまでもこのタイミングがデビューであることを前提に書きますが、岡村はR&Bがここまで浸透する遥か前から「本物の」リズム・ミュージックを鳴らす奇才でした。ミック・ジャガーでさえ、「僕も黒人になってモノホンのR&Bを鳴らしたいんだ」なんて言うほどの肉感的なグルーヴを、岡村は本能とカンだけで響かせていたのです。さらに。彼のバラッドにはゴスペルを彷佛とさせる哀しみと優しさと激しさが充ち満ちています。そんな岡村のサウンド・マジックと作曲センスによるポップ・マジック―――それが遂にここに復活するのです…………あ、違いました、デビューでした。
奇才・岡村靖幸はこのシーンにおいて最も粘着力のある中毒性を放っています。すべては彼の放つメッセージによるものです。岡村のメッセージはLOVEです。というか「LOVEは大変だ」というものです。さらに言うなら「本当のLOVEなんて手に入れられないよ。……あぁ、でも欲しいものは本当のLOVEだけなのになあ」というものです。本当のコミュニケイションを求めるからこそ、安易な馴れ合いに目もくれずに世の中の陰惨な問題を嘆く岡村のポップ・ソングは、この世界で切実に生きてく人達に巨大な現状認識と勇気と大共感を与えています。岡村が今は亡き尾崎豊とマブだったのは有名な話です。そう、岡村もまた誠実なるメッセンジャーなのです。あぁ、もう我慢できない。ちょっとだけ言わせてください―――「岡村ちゃん、最っ高!!」。
さあ、狂おしいほど愛らしい岡村のニュー・ポップが鳴り響きます。ビッグ・シティの憂鬱と情報の奪い合いに明け暮れる滑稽さを嘆いた“モン−シロ”は、ブリブリしたサウンド&リズムが虚構のカベをドガッと崩すことでしょう。“妻になってよ”なんて囁いていた王子様が、ノスタルジックに縛られながらなおも愛と性の根源に立ち向かうピアノ弾き語り“未完成”も、ストリートby渋谷の頬を限りなく濡らしまくることでしょう。巧妙なリズムとメロディーのハーモニー、その調べにのって本音を歌い上げる岡村靖幸の再出発―――いや出発は、ポップが如何なるシリアスな快楽のもとに生まれるものなのか? を訥々と語りかけてくれます。そして、踊らせてくれるのです。
岡村靖幸こと靖幸チャンが登場します。最近のポップがうっかり置き忘れたものも持って帰って来るでしょう。新しいエクスタシーも浮かび上がっちゃうでしょう―――素晴らしい音楽が誕生します。祝福し合いましょう! 救われない救世主の本当の帰還を。