音楽がだだっ広い牧場で放牧されたら、こんな音鳴らして歌うんだろうな。
――ザ・ブリリアントグリーンのギタリストである松井亮のソロ・アルバムを聴いてまず感じたのは、これだ。ブリグリのファンならば、松井の作る曲がバンドの中で洋楽的なエッセンスを醸し出していることは承知しているし、彼のメロディーが独特のメランコリックなあたたかさを表わしていることも理解しているだろう。多くの人は先入観を持たずに、いや、ザ・ブリリアントグリーンを一つの物差しにして松井のソロを測ることと思う。しかし………そんなものでは測れない。絶対に測れないのだ。だいたい音楽を測ること自体が出来ないし、間違っているし、無駄なことだ。そういう奔放なメッセージを音楽にして耳元に届ける、それが松井のソロ・プロジェクト、マイスターだ。
「とにかく何でもしたかったんです。とりあえず引き出しにあるもの全部出したかったんです。今まで、ヘヴィメタ以外は何でもずっと聴いてきたんで、『これがしたい!』って頑固に考えたことがないんです。だから何しろいろいろやりたかったんです」
マイスターは松井の「ソロ・プロジェクト」であって「ソロ」ではない。彼がこのアルバムで臨んだのは、言語や国境を超えた「音楽の会話」を素晴らしいアーティスト達と共に作品にすることだった。
「最初に曲を作っている時は参加ミュージシャンを外国人にしようとかは全然考えてなかったんですよ。まあ、僕の作る曲は日本語のせるのは難しい(笑)英語用のメロディーなんだけど、でも友達のミュージシャンとかに参加してもらおうと思っていたんです。それでレーベルの社長にいろいろ話したら、『いや、それより外国行って外国人としたら?』って感じになって、『えっ、いいんすか!?』っていう(笑)。そっからもう、バッと広がったんです。………ちなみに僕、カジャグーグーのファンクラブ入ってたんですよ、小学校6年生ぐらいの時に。女の人ばっかりやったから『あ、これは男が入ったらあかんのやな』と思って(笑)、すぐに辞めたんですけど」
そのカジャグーグーの「耳ピアス凄腕ベーシスト=ニック・ベッグス」をはじめ、ドラムはライドのロズ、ギターは単身イギリスに乗り込み「ギター一本さらしに巻いて勝負に出た」ケンジ・ジャマーことスズキ ケンジ(勿論、松井自身も弾きまくっているが)。さらにさらに、ヴォーカル陣が七色の素晴らしさ。ハワード・ジョーンズ、ブー・ラドリーズのサイス、リーフのゲイリー、ライドのマーク、エスコバ、そして女性としては何とあのマリア・ソルへイムやイーダ、そしてビスのマンダリンが歌っている。これは言わば「80年代以降ブリティッシュ・シーンの系譜をたどる果てしなき旅」のようなものだ。80年代ニュー・ウェイヴからシューゲイザー、そして王道ギターロックからオルタナティヴ、はたまたヒーリング系まで。松井は自分が音楽を鳴らし続けている理由を、過去に愛聴してきた素晴らしきアーティストに投げて何が返ってくるのかを楽しみながら作ったのだろう。例えばビートルズのジャケットで有名なアビーロード・スタジオの前の横断歩道、あそこで記念撮影をするロック・フリークは多いが、松井は自分を作り上げたアーティスト達と共に音を鳴らすことで思い描いてきたロック・ドリームを現実のものにしたとも言える。しかもこのプロジェクトは音を出すことだけに終わらない。ジャケットやアート・ワークに目が止まった人、あなたも既にマイスターの一員だ。これは80年代にニュー・オーダーの一連のアート・ワークを手がけ、その後のブリティッシュ・シーンのデザインの方向性を決定づけた偉大なるグラフィック・デザイナー、ピーター・サヴィルによるものである。シャープでシンプルで、しかし狂気と死の匂いが漂うピーターのアート・ワークは日本でも信奉する者が後を絶たないが、こうやって彼が新作を手がけたことは注目に値する出来事だ。何にせよ幸せモノだ、この松井という男。
「ザ・ブリリアントグリーンやと、リーダー(奥田)のカラーがやっぱり強いと思うんですね、音楽的に。じゃあ僕には何が出来るんだろう?って考えた時に、ひとりの世界じゃなくていろいろな人と共にそれぞれの良いところを広げていく音楽を作りたいと思ったんです。そしていろいろな人に僕の世界をブチ壊して欲しいとも思ったんです。………『音楽って狭いなあ』思うたんですよ。今まで洋楽って高いところにあると思ってたんです。それが今回やってみて『何や一緒やん』思うて。何や、大きく見過ぎてたんやなって気分が楽になりました」
歌詞を綴ったのはティム・ジェンセン。ブリグリの時から松井のリリック・ パートナーであるティムは、攻殻機動隊のサントラなども手掛けるフレキシブ ルなアーティスト。デモ作りしている時からがっぷり組んで歌詞を生み出し、 松井ワールドを各ヴォーカリストにディレクションもした素晴らしきナビゲー ター。松井はこのプロジェクトの最重要人にティムを挙げている。 ヴォーカリストが9人いるユニットであることを含め、音楽性はとても幅広 い。最初の曲を聴いた瞬間は、自分のライブラリーの中からデペッシュ・モー ドとティアズ・フォー・フィアーズを引っ張り出して聴きたい衝動に駆られた が、そういったエレポップのみならず8ビートのスピードに乗って世界の本当 の果てを駆け抜けたい曲もあれば、クジラの背中に乗って眠りながら愛に溺れ るメランコリックな曲もある。松井はギタリストだ。このアルバムはギター・ アルバムとは言い難いが、6本のハリガネで無限の感情を言い表そうとするア ナ―キックなアーティストらしい奔放なスタイルを持ったアルバムだと思う。 しかし、聴きこむうちにやがてこのいろいろなジャンルをまたいだ曲達が、ひ とつのサークルを描いていることに気づくだろう。そう、音楽は物差しで測れ ないばかりか、ジャンルで括れるようなものでもないのだ。もっともっと、勝 手なものなのだ。その人だけの勝手な欲望が音になり、聴き手の心に入り込 み、興奮させ、ちょっとだけ世界と現実を揺らすものなのだ。マイスターの音 楽は、非常に「優しい」。激しい曲もバラッドも、すべてが優しくアットホー ムな感触を鳴らす。いろいろなアーティストが音と音で会話するセッションの 中からそのあたたかさは生まれたのかもしれない。しかし、それだけじゃない と思う。この優しさは、松井のメロディーから放たれたものなのだ。ザ・ブリ リアントグリーンの中で松井の作った曲だけを取り出して1つのオムニバスを 作るとわかる。―――松井は包み込むようなメロディーを優しく届けるアタマの 柔らかいメロディー・メイカーなのだ。
「それね、よく言われるんですけど、結構僕、嫌なんですよ(笑)。尖った音とか弾きたいんですよ。『亮、優しい音してんなあ』って言われるのが一番辛いんです、パンク出身だけに(笑)。僕が激しく弾いても優しくなるんですよ、それが弱点だと思うんですね。でもね、今回のレコーディングは全然煮詰まらなかったんです。よくある『ああーどうしよー……』が最後まで全然なかったんです。僕はそれを望んでいたんだなあって。神経質なものではなくホンマに『音楽って誰にでも出来んやでー、楽しいもんやで』っていうことを伝えたかった。だから優しい音でも良かったのかもしれないですね、自分としては嫌だけど(笑)。やっぱり音楽って“ひと”やと思いますねえ。なんぼギター上手くても、ひとが悪かったら絶対音に出ちゃうんですよね」「音楽って絶対になくならないですよね。ただ、音楽が広まるか広まらないかはこっち側(作り手側)の問題だと思うんです。作る側が音楽を日常に届けるみたいな意識がないと、『そらみんな聴かへんよ』って感じになるでしょ。だから僕は『ほら楽しいだろ』って気持ちで音楽を届けたいです。例えばレディオヘッドもね、レコーディングの時にはそんなキリキリ絶望してるわけじゃないと思うんです。結構アットホームな感じでやってるんだと思うんですよ、実は(笑)。良い作品って絶対そうやと思うんです。音楽はそういうものやと思う、それが今回ソロを作ってみてわかりました。僕はこのアルバムで自分のレコーディングのスタイルも確立出来たし、こっから広がる可能性も見えたし、健康になりました(笑)。だから優しく聴こえるんだと思います―――」
エレクトリックからアコースティックまで、孤独から終わりなき繋がりに目覚める瞬間まで、このアルバムが響かせる世界は何て無防備で素直なのだろう。何故、僕らは音楽を貪り求めるのか? その答えは「心をハダカにしたい」からだ。松井は境界線を決めずに、とことん脱ぎまくってハダカな音楽を作った。ザ・ブリリアントグリーンでのいろいろな経験を抱えながら心をハダカにして素晴らしきアーティストと音の交流を果たしたこのアルバムは、仲の良い友達と食事をしている時に流したい大切な音楽だ。