W杯アジア最終予選『日本vs北朝鮮』 at埼玉スタジアム 2005.02.09

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 15時に埼玉スタジアムの駅に着いた。
 駅前は閑散としていて、日韓ワールドカップの時のお祭り騒ぎとは打って変わった静けさだ。はしゃぐ人もいなければ、チケットを求めて段ボールのプラカードを掲げる人も2人しかいない。駅前ロータリーは、2台あった石焼き芋屋の匂いがすべてを支配している。そして残りは警備の確認をしている300人あまりの警察官の姿が見えるだけだ(後で知ったのだが、今回の総警備員数は警察・民間合わせて3400人強だったという)。長い決戦の季節のスタートにしては、随分と寂しい景色だった。
「まだ15時だ、しょうがない」と一緒に来たカメラマンの古渓くんと共にスタジアムに向かった。しかしスタジアム周辺も、ゴール裏の自由席へ入る人の待ち列以外は特に人もいなければ盛り上がりもない。正直、びっくりした。

 前回のワールドカップは自国開催だったので予選はなかった。だから予選の記憶は8年前にまで飛ぶ。
 あの頃はワールドカップの本戦に出たこともなかったし、「とても出たいけど、なんだかんだで出れないんじゃないのか? ウチら」という気持ちが通念のように漂っていたので、最終予選こそが本戦であるかのような闘いだった。予選の日は朝から落ち着かないし、会場付近は「とりあえず声出しとこう」みたいなピントのズレた、ちょっと気が狂ったテンションがみなぎっていたし、それは試合のあるスタジアムのみならず、それぞれの体育館で開かれた「ヴィジョンを観ながら応援しようの会」でも同じだった。ヒステリックにテンパッていた。何故ならば、普通にしていて勝てる大会じゃないとみんなが思っていたからだ。その究極が、グループの3位決定戦である、ジョホールバルでの試合だった。僕は12年前のドーハの悲劇の瞬間に、「サッカーは負けるとその国自体がいろいろなものを失うぐらいすごいものなのだ」ということを知った。そしてジョホールバルで、「サッカーは勝てばすべてを得られるんだ、それが勝利というリアリティなんだ」という快感を手に入れた。自分も会社サボって、コーネリアスの武道館公演サボってジョホールバルに行ったクチだったので、勝った瞬間は石油が出た国よりもドルを抱えた国よりも強くなれた気がした。間違いなく、自分の人生で一番、愛国者になった瞬間だった。
 あの頃から考えると、日本のサッカーは基礎体力もFIFAのランキングもずいぶんと上がり、ワールドカップにも2回も出場した。この最終予選も、1位で突破することが宿命に近い、というか「なんとなく大丈夫なんじゃない?」という雰囲気がそこはかとなく漂っている。だからこそ決戦4時間前のスタジアム周辺は、とても静かに、そして平常心でその時を迎えんとしていた……。
 
 スタジアムの周りやトイレの中に小さな紙が無数に貼ってあった。「青でスタンドを埋め尽くせ!」「ドイツに行こう 絶対に!」「今この場にいるオマエも日本代表!」「声を出せ! 手を叩け! 飛び跳ねろ!」………いろいろ書いた紙が何枚も貼られている中で、警備の警察官も一緒に小便をしていた。ちょっと気持ちの悪い、洗脳的な匂いのするメッセージだった。気持ちがあまり表に出ていないスタジアムの現場で、その言葉は浮きまくっていた。淡白なレポートを繰り返す多くのテレビ・レポーターや空を舞うヘリコプターとは逆のところに位置する蒼くも熱いメッセージだったが、淡白なメディアと同じぐらい浮きまくっていた。試合前のサポーターの平常心が良い兆候なのか、それとも何かが麻痺してしまっていることの表れなのかはわからない。無駄な高揚がなくなったことは、サッカーが日常に入り込めた証なのかもしれない。もしかしたら、北朝鮮戦というサッカーを超えた敏感なトピックに対して、本能的に現場やサポーターが敢えてクールなスタンスをとったのかもしれない。実際にそんな空気も感じた。この淡々とした空気の理由は、今安直に判断すべきではない。きっとこれからの何試合かでわかることなのだと思う。

 明らかに言えるのは、今回の北朝鮮戦がサッカーやワールドカップを超えた話題を振りまいて今日に至ったことだ。この試合の話題の主役は日本代表ではなく、北朝鮮代表だった。というか、北朝鮮のサッカー選手やサッカー自体ではなく、「北朝鮮が日本と闘う」ということだった。多くのメディアはサッカーを語らず、北朝鮮だけを語った。「日本代表の最終予選」より、「あの北朝鮮がやって来た」ことが主役という、お粗末かつ倒錯した報道が溢れていた。現場でも、多くのテレビカメラや報道カメラマンは北朝鮮のサポーターがやって来るであろうバスの到着広場にカメラを向け、今か今かと待ち受けていた。その報道の本音には、日本代表のワールドカップへの道に対する関心などカケラもない感じがした。どうやらこの国のメディアがサッカーの本当のダイナミズムや文化的な面白さを伝えられるようになるのは、遥か先のことらしい。今のメディアの姿勢は、同じ職業にある者として非常に苛立つものだ。
 北朝鮮のサポーターには完全に別のルートが用意され、バスから降りると、みんな一つの導線を通ってスタジアムに入っていった。赤い服、マフラー、タオル――それぞれが赤い何かを身に纏っていたが、何人かが「BE THE REDS」という、日韓ワールドカップの時に韓国サポーターが着ていたTシャツを羽織っていたのが印象的だった。ジャージ姿の学生を含め、純粋にサッカーが好きなサポーターもたくさんいるという印象を受けた。

 試合開始の約2時間前にスタジアムに入った。まだ人はまばらだったが、北朝鮮サポーターは人文字やブラスバンドの練習に余念がない状態だった。日本サポーターが盛り上がったのは、ヴィジョンに代表のバスが到着したことが映し出された瞬間からだった。代表がスタジアムに吸い込まれたのと同時に、日本サポーターとスタジアム自体のエンジンがかかり、ギアが入った感じになる。なんだかとても楽しく高揚してきた。こうでなくちゃ。
 やがて在日北朝鮮代表のアン・ヨンハとリ・ハンジェの二人がピッチに現れ、北朝鮮サポーター・エリアに挨拶をした。最後の最後まで彼ら二人は、「渉外担当」だった。

 開始1時間前、両代表がピッチに姿を現した。

 それにしても北朝鮮のジャージは変な感じだったな。アディダス製だったが、まずデザインも着こなしもやたらパッツンパッツンで、むっちりしていた。そしてお尻のところに、A EVISUYA TAILORのジーンズのヒップラインに描いてある模様のようなのが赤くクイッと入っていて、何しろちょっと変なのよ。生地薄いし。もったりとしたヴォリューム感のあるデザインの同じアディダス製のジャージを着ている日本代表と比べるととても学生っぽい感じがしたが、よく見ると、体格に関しては北朝鮮代表のほうが明らかに一回り大きかった。最初っからボールを持って動き始めた日本代表とは違い、相当な時間、統率の取れたスタイルでランニングとストレッチを繰り返していたのが印象的だった。
 とても幸運なことに、僕の席は前から10列目のセンターライン周辺で、自分の目線とピッチの芝生の角度があまりなかった。選手の脚とボールと芝がピタッと決まっていたのがわかったので、とても安心して練習を観ていられた。その中でもボールタッチが一人だけ違って見えたのが、俊輔(中村)だった。ねばりがあるんだよね。吸い付くドリブル。関係が完成している犬と飼い主がじゃれ合っている感じに見える。あの感じはとてもいい。僕とボールは友達です、と言っているような関係が、彼とボールの間にはあった。あの感じは今までの代表選手からは小野からしか感じたことがなかったので、とても頼もしく見えた。

 ウォーム・アップがすべて終わり、先発のアナウンスがあった。予想通りの先発だったが、そのアナウンス辺りから興奮が抑えられなくなってきた。来年の夏の本戦に向けた、間違いなく激しく熱く、そしてきっと苦しい闘いが始まるのだ。サイが投げられたとはこういう状態を言うのだろうと感じた。カラダが一気に温まって、そこいら中が痒くなる。サッカーは最高だ。観ているだけで、感覚のすべてが勝手に動き出す。

 選手が入場し、国歌斉唱があった。北朝鮮は敢えて歌のないインストで国歌を流した。日本は何と石川さゆりだった。本当に“君が代”は難しいのだなと、あらためて感じた。和田アキ子が歌っても石川さゆりが歌ってもピタッと来ない“君が代”って何なんだろうな。個人的には、最初のセンテンスのメロディの動きが男性の声に合うと思うので、なるべく男性シンガーが国歌斉唱をすればいいのにと思う。そのほうが闘争本能も明確に沸き立つし(明らかに偏見が混ざっているけど)。
 北朝鮮サポーターもひるむことなく、限られたスペース(約5000人ほどだったと思うのだが)で必死に応援をしていた。たまに流れる、太鼓と金属の皿を叩く跳ねたリズムの応援がカッコよかった。縦ノリのブラジルのサンバみたいで、とても勇ましく、かつグルーヴィだった。あんなリズミカルかつ陽性の応援スタイルが北朝鮮にあるとは、正直驚いた。

 始まった。いきなり開始4分弱で小笠原のFKがネットを揺らした。三都主がゲットしたファールからのキックなのだが、あのファールはかなりラッキーだった。それを活かした、したたかな小笠原の1発だった。盛り上がったよ、勿論。いきなりスタジアム全体がイケイケになり、そして直後に玉田がもう1発入れそうな勢いのキックを放った。明らかに北朝鮮は浮き足立っていた。日本がプレスをどんんどんかけ、どんどんボールを奪っていった。素晴らしいスタート・ダッシュだった。

 だが、それも「あの時」だけだった。その後、どんどん日本の攻撃が機能しなくなってきた。攻撃のイメージがまったく湧かない。そして、直線的過ぎではあるが、何しろ常に前を向いて攻めて来る北朝鮮の攻撃が怖くなってきた。ボールへのタッチは甘いが、細かいパスへの反応が良かったのと、とにかく前方(相手陣営)を凝視しながらプレイするのだ、北朝鮮は。端から見ていても明らかに闘う姿勢が全面に出ていて、何か起こしそうな感じがするのだ。ボールの支配率も悪くはなかったと思う。ただ、日本同様、北朝鮮にも明確な戦術の積み重ねはなかった。戦術性の感じられない謎のメンバー交代が前半だけで2回もあったが、あれ何だったのだろう? 最後までわけがわからなかった。
 日本は右も左もサイドからの攻撃が陳腐だったし、真ん中も小笠原がもっとエゴイスティックに支配すればいいのにという感じで、攻撃にもどかしさが募っていった。前半の20分が過ぎてから、日本が勝っている印象はスタジアムのどこにも(少なくとも僕の周りには)なくなった。機能しない戦術と、感じ合えていないパスの応酬に苛立ちが募り、審判のシビアな判定に何度も怒号が飛ぶ。そしてそのまま前半が終わった。

 メンバー交代もなく後半が始まった。激しく引いて守っては一気に攻める北朝鮮のプレイに、日本は明らかになす術をなくしていった。後半始まって5分ほどで、決定的なヘッドからのシュートを打たれたが、川口がナイス・セーブした。北朝鮮のゴールキーパーは際立って下手だった。勘も悪かったし、目の前に敵がいるのにもかかわらず、そんなに強くないシュートをパンチングして、危険な地帯に何度もボールを弾いた。キーパーの違いが日本にリードをキープさせていたのは明らかだった。

 しかし、遂に「取られ」てしまった。完全に川口の裏をかかれたシュートで同点にされた。ギリギリまで蹴るのを待って川口の一瞬のカラダの動きを見切った、センスと想像力に溢れた、左足のアウトサイドで打ったシュートだった。

 唖然とした。少々の静寂に包まれた周りの雰囲気に、居心地が悪くて大きな声で叫んでしまった―――「ジーコ! もう限界だ!! もう動いてくれ!!! もう動かなきゃダメになる!!!!」。
 機能しないオフェンスが全体のペースを硬直させ、その結果として奪われた1点であるのは明らかだった。そしてようやくジーコは動いた。高原と俊輔を矢継ぎ早に投入した。俊輔との交代はディフェンスラインを支えていた田中だった。つまり、超オフェンシヴな戦術をピッチに送り込んだのだ。
 大成功だった。山が動いた。今後、俊輔は絶対に必要だという声が乱発すると思うが、彼の右に左に飛び回る動きと共に、ボールが見事な流れを描いて相手陣営に転がり始めた。度重なる縦へのパスによってまずは左サイドを活性化させ、次には右サイドへ走ってかき回した。俊輔の見事なスーパーサブ・プレイだった。高原は絶対に入れなくてはいけない決定的なシュートを1本外してしまったが、やはりポジショニングは確かだった。今まで縦のラインで通らなかったパスが通り始めた。ゴールが見え始めたのだ。
 そして玉田から大黒への交代によって、相手ゴール前の混乱がピークに達した。もう完全にベタ引きの北朝鮮だったが、日本は「穴」を何度もこじ開けた。
 
 しかし、もういい加減時間がない。大変なことになってしまうと思い始めた。どうしよう。硬直してイメージが繋がっていないのは明白なのに選手交代という手をちっとも入れなかったジーコに責任があるのは明らかだ。これから代表はどうなっていくのだろう? と絶望に包まれ切ったロス・タイム、大黒のシュートがネットを揺らした。
 完全に北朝鮮のゴールキーパーのミスだった。彼が弾いたボールを大黒が蹴り込んだのだが、あの前のシュートは弾く必要などない、弱いシュートだった。目の前に敵のオフェンスが勢揃いしているのに、マニュアル通りにボールを弾いて「飛んで火にいる夏の虫状態」にしたキーパーのミス。それを見逃さない、抜かりのない1発だった。結果的に、川口と北朝鮮のキーパーの現場感覚とセンスの違いが勝敗をわけた試合となった。

 どうなのだろうか? 勿論、誰が観ても辛勝だったし、日本代表の調子は悪かった。こんな試合でも勝ったことは勝ったんだとも言えるが、いずれにしても、かなり手を入れねばいけないことが露になった試合だったと思う。このままでは勝てない。引き分けに終わったイランとバーレーンの両方に足下をすくわれる。そして、運良く本大会に行けたとしても、まともに闘えない。勝ちに行けない。今日の代表の戦術イメージは、本物の闘争本能が向かって来ない親善試合では機能するが、相手のテンションや闘争本能が直線的に向かって来る一発勝負の闘いでは萎えてしまう、レベルが低くて芯の細いものだった。急いで手を打たねば。

 今日の代表がもたらした課題は多い。長くなってしまうので違う機会に語りたいが、今回の代表の選出は、今後の選手のヨーロッパ進出に対するスタンスを変える可能性に満ちたものだった。よほどのポジションが約束された契約か、チャンピオンズ・リーグに出られる可能性のあるチームでのある程度の起用が見込める契約でないと、逆に外国に行ったことがマイナスになるという事態が予想される代表の選出だった。今、ヨーロッパ各国でのワールド・カップの意味と権威が問われ始めている。その中で、日本にとってのワールドカップとは何なのか? そしてその中で、代表はどうあるべきなのか?
 今の日本代表はいろいろな問題から目を背けることが許されない、そういう過渡期にある。たしかに今回の代表選出で国内組の選手の価値と自覚が見直されたことは良かった。明日に繋がることだった。しかし、サッカーはセンチメンタルや浪花節で組まれる文化じゃないのだ。勝ち負けというシビアな現実と対峙する、国民性をも含んだ闘争なのだ。もっと語ってもっと動いて、もっと研ぎ澄まさなければ勝てない。
 いろいろ考えさせられた、とても疲労した1日だった。しかしとにかく最低限の「勝ち点3」はゲットした。良かった。

Last Update : 2005年02月09日 (水) 20:09


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