映画『ディープ・ブルー』

 ディスカバリー・チャンネルのような超自然ドキュメントをイギリスBBCが製作して映画化したもの。スペシャル・サンクスでディスカバリーをクレジットしていた通り、大画面に吸い込まれそうになる素晴らしいドキュメンタリー映像だった。今までのシロナガスクジラよりも、今までの白クマよりも、ちょっとだけ感情的な姿に感じるのがこの映画の素晴らしさだ。特に深海山脈の圧倒的なスケールは、やはり『デイ・アフター・トゥモロー』では描けない喉が鳴る迫力で、「僕らが知らない地球の70%を占める海は、まだまだ未知のモンスターだ」と脅えさせるものだった。

 しかし、僕が感動したのはそういった自然描写ではなく、「あー、いかなる生き物もみんな美味しそうに楽しそうに飯を喰うのだなあ」ということだった。アザラシを食べるシャチ、アジ(のような魚)を食べるハマチ(のような魚)、アジを食べるアホウドリ、カサゴ(のような魚)を食べるエイ、白イルカを食べ損ねる白クマ………この映画は自然界の本能的なリアリティと、それを人間が破壊するのではなく守るのだという如何にもなメッセージが主題なだけに、頻繁に狩猟&食事シーンが出てくる。見方によっては残酷にも見えるし、ただ腹の虫をなだめるためだけに狩猟して喰う無感情なものとして映るのかもしれない。しかし、シャチがアザラシの子供を跳ね飛ばすシーンは、ショックを与えて殺すというより美味しい自分のごちそうを愛でる行為に見えた。人間でいうところの「寿司ネタの赤貝は、思いっきりまな板に叩き付けると身が引き締まってとても美味しくなる」ようなものだ。僕らは何かと「動物は生きるために食べるのだから、食べたり殺生するのは無感情なものだ」と思いがちだが、彼らは食べたり狩猟することが人生の大半を占めている。だからこそ、美味しがったり、美味しく食べる前戯を怠らないのだと僕はこの映画から受け取った。一度、イルカを食したことがあるが―――知ってるか? 静岡の海よりの街ではイルカを普通に喰らうことを。普通のスーパーで普通に売っちゃってるのだ―――僕には身の脂肪分の無さや臭みが口に全く合わなかった。だが、白クマにとってはその匂いが僕にとってのゴルゴンゾーラ・チーズや愛する人の体臭と同じようなものなんじゃないか? と思わせたのだ。

 本能的な行為には必ず楽しいや美味しいなどのエンターテイメントが伴うということを、この映画は教えてくれる。大盛りバターを溶かしたポップコーンをベトベトした手で胃に運びながら、そのバターでヌラヌラてかった右手をチューチュー舐める僕の行為もまたエンターテイメントなのだと、自分に言い聞かせたのだった。

Last Update : 2004年10月16日 (土) 2:59


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