いきなり見つけました、大阪で。僕の人生の指針、「安くて美味い(上手い?)もんを作り続けたい」が掲げられた看板が、自分の名前と一緒に!!!
昨日は、関西のFM局「FM802」と大阪府堺市が堺市出身、および在住のデビューを目指すバンドを対象にしたコンテストを開催し、僕は審査員を務めた。他にもシンプリーレッドのドラマーでもある屋敷豪太さんや、サウスバイサウスウェスト日本支部の麻田さんや、ぴあ関西版の編集長の薮田さんや、スペースシャワーTVの制作部長の北岡一哲さんらがいて、いろいろな話をしたり、とても楽しい時間を過ごしたなあ。ちなみに土曜の昼に無事、新しいMUSICAが校了し、そのまま事務所から羽田へ向かい、関空からそのまま会場に乗り込んだもんで、なんかちょっと時間軸が麻痺した中で観たんだけど、だからなのか神経にビキビキと音が伝わってきて、かなり盛り上がったっす。
優勝したのは「lego big mole」というバンドで、既にCDをチェックしたことのあるバンドだったんですが、この日のライヴでさらに興味が湧いた。他にもCDを聴いてみたくなるようなバンドがいて、ジャーナリストとしても収穫のあったコンテストだった。堺の辺りは工場が多くて、きっと工場地帯なんだと思う。空港から向かった道筋でも、景色が「なんかマンチェスターみたい」な感じで、東京近郊でいうと川崎に近い匂いを覚えた。こういう場所にロックは似合う。
次の日の今日、念願の場所へ行った。
「太陽の塔」である。
知ってるかもしれないけど、すげーだろ。これは1970年に開催された「大阪万博」のシンボルで、作ったのは岡本太郎。「芸術は爆発だ!」である。
とてつもないエネルギーを持ったタワーオブジェだし、あの時代独特の「モンド感」も感じられるもので、何しろ僕はこの塔が大好きだった。
好きな理由は個人的な理由もある。6歳のときにこの万博は開かれたんだが、何しろ僕はこの万博に行きたくて行きたくて堪らなかった。夢にまで何度も出てきたのを、今でも憶えている。しかもだ、僕は行けなかったが、行ったんだよ、父親は。友達と一緒に。楽しそうに。1週間も――。
すげー悔しかった。自立していない自分が嫌いになった。
だから僕にとって「太陽の塔」は半端なく好きすぎて、近づけないものだったのだ。だから今まで憧れるだけで、一度も実物に近づいたことがなかった。
しかしこの日は、本当に久しぶりに、いや、間違いなくこの冬になってから初めて、仕事をまったくしなくてもいい日だったので、なんか自分にご褒美をあげたくなってしまいました。で、遂に初めて「接見」したんです。
感想はひとつだけ。
凄すぎて、何も言えなかったし、痺れが止まらない感じだった。痺れすぎて、逆にぼわーーっとしていた気がする、ずっと。
この世界にはこうやって、一瞬にして自分を「ただのガキ」にさせてくれる何かがある。そのことを再確認させてもらったことに感謝だ。
あなたにとって、ただのガキにさせてくれる一番大切って何ですか? 僕は言うまでもないものです。そう、「ROCK」です。
夜、元KEMURIの伊藤ふみおさんから携帯に不在通知があった。
かけてみると、「上田 現」ちゃんが亡くなったことを教えてもらった。
よくぞ、頑張って病と闘い通し続けましたね。お疲れさまでした。
生前、単行本まで作らせていただき、ありがとうございました。いろいろ教わったことが多かった仕事でした。
あなたの音楽で、孤独は寂しいことじゃないって教えられた人がいます。
あなたのライヴで、ここまでやんないとロックが爆発しないんだってことを教えられて、自分のパフォーマンスを見直した人がいます。
僕です。僕の昔の仲間にも、そういう奴がたくさんいました。
素晴らしい表現活動を、オーラを、笑いを、ありがとうございました。
ごゆっくりしていてください。